アトランティス
安息の地
ノームのおかげで無事にアトランティスへと逃げおおせたけれど、喪失感はすごかった。
ジニアくんは無事なのだろうか、心配でたまらない。
月の光に照らし出された真っ白な砂浜からキラキラ輝く海を眺める。
海自体がうっすら光っているようにも見えるのは気のせいかな。
満月の光だけでここまで海は明るくなるのだろうか。
「ヒロくん。とりあえず波にゆられておいで。私はウンディーネを探してくる。この領地は自由で差別がなくみんなで支えあっている優しい領地だから安心してね。あと、心配してもどうしようもないことは考えない方がいいよ。考えちゃうもんだから、頑張って意識の外に出すの。波に揺られながら心の泥を押し流してね」
ノームは海の中へザバーっと音を立てて飛び込んだ。
確かに、塞ぎこんでいても埒が明かない。落ち込み続けるのも少し疲れてきたところ。
空を飛べないからノームのように海へ飛び込めないけれど、押し寄せる白波に逆らいながらそっと足を踏み入れてみる。
ひんやりして気持ちがいいなあ。
底まで透き通ったセルリアンブルーの海は不安を拭ってくれた。
本当に海自体がうっすらと光っているらしい。手ですくった海水がほんのり輝いている。
胸が浸かるくらいまでの深さで海に体を委ねて浮かび、空の青と海の青の狭間で開放感を味わった。
嫌なことも、心配なことも、なにもかも空っぽにしてゆらゆらと揺られていると眠ってしまいそう。
そういえば不思議な枝を背中に忍ばせていたんだった。
すっかり忘れてた。
大慌てで砂浜へと引き返す。さっきまでの不安を考える余裕はなかった。
起きている間もそういう風にうっかり忘れて、気づいたときに慌ててたな。
砂浜へあがり、枝を取り出して確認した。
濡れてふにゃふにゃになっていないか心配でならなかったが、不思議なことに拾った時の状態を保ったままだった。一つも濡れておらず、カラッとしていてしっかりした枝のまま。
そういえば、特殊なマナを込めて育った植物は枯れないってジニアくんが言ってたっけ。水で濡れることもないってことなのかな。
ジニアやモモのようにマナを感じ取ることができない。というよりも、そもそもなにがマナなのかがわからないので感じ取ることができない。
枝を眺めていても、ほんのりと神聖さを心で感じ取れるくらいだ。
ふと思い立ち、白い砂浜に枝で字を書いてみる。
自分が今不安に思っていることを箇条書きにしてみようと思ったからだ。
ジニアの安否、仲良くなれても離れていく不安、どこへ行っても一人になる不安、死なれる恐怖……。
まず、ジニアの安否だ。
信じてないわけではないし、大丈夫だと思いたいけれど、やはり不安だ。
でもどうして不安なのか。
あんな扱いを受けたのは自分の頭に花がないだけでなく、ノームを解放したからだ。
ジニアも協力していたけれど、花人仲間だし人気者だって言っていたから多分大丈夫だ。
気持ちをまとめることができたので、ジニアの安否にすっと線を引いて消した。
次は離れていかれる不安。
人には相性があって合う合わないがあるだけのこと。
それに、モモちゃんやジニアくん、真くんのように傍で支えようとしてくれる人だっていたじゃないか。
知り合う全員とは仲良くなれないんだと自分に言い聞かせ、傍にいてくれる人を大事にしようと心に決めるとすっと心が軽くなった。
離れていかれる不安にすっと線を引く。
次は一人になる不安。
元々一人でいることには慣れていた。
どうして一人が不安なのかを突き詰めていくと、どこへいっても受け入れられることがないからという理由へ行きつく。
現実でも、空中庭園でも受け入れてもらえなかったのが悲しい。
場所で見ればそうだけれど、真くんや井村先生、妖精のみんなやジニアくんは僕と仲良くしようとしてくれたじゃないか。
不安が収まってきたのですっと線を入れる。
最後は死なれる恐怖。
手が震えてくるけれど、向き合わなければいけない。
人はいつか必ず死ぬ。
生きている間にたくさんの良い思い出を作れるかどうかじゃないかなあ。
それでもやはり別れは怖い。
最後、後悔しないようなお別れをできるように……。
終わりがあるから一生懸命になれて、終わりがあるから相手を大事にできる。
でも、空っぽな心で生きていると、そういうことができなくなってしまう。
まずは自分が今を生きること。
ふらふらしていると何も持つことも支えることもできないから、ちゃんと自分の足で立って生きないといけない。
そしたら、誰かとの楽しい思い出も、幸せもいっぱい抱えて生きていけて、お別れが来た時には向き合えるんじゃないかな。
考えがまとまってきて、自分のごちゃごちゃになっていた気持ちも丸く整ってくると、気持ちがすっと透き通るような涼やかさを感じられた。
心の靄を吹き飛ばしていた外からの風は、心が澄み渡った今では内側からそよいでいるよう。
すっと死なれる恐怖に線をいれることができた。
つい先ほどまで不安や恐怖にまみれていたのが嘘のようだった。
心が風を吹かせてくれている。
吹かれていた側から吹きすさぶ側になったのかな。
すっきりとした気分でいると、枝がほんのりと温かく感じた。
もう一度海に浮かんで揺られてみたい。
さきほどのような気分で入る海と、今の心境で入る海は全く違っていた。
澄み切った心で入る海のひんやりとした冷たさが清々しい。
海のように透明な心でもう一度ぷかぷかと浮かんでみる。
今まで見てきた眺めに透明感が加わったような、そんな綺麗な眺めだ。
そっと目を閉じ、波に身を任せているのが限りなく心地よかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます