優しい国
アトランティスの案内はウンディーネからの加護を受けて行うことになった。
マナの祝福を受けた時のように、水の流れや温度、質感を強く感じる。
まるで自分が水になったような一体感。
そのおかげか水の中にいても呼吸できるだけでなく、自分がイルカかなにかになったようにスイスイ泳ぐことができた。
「海の中を泳ぐのって、空を自由に飛んでいるみたいで心地良いでしょう?」
ウンディーネが心の底から楽しそうに笑って話していて、こちらまで楽しくなってくる。
実際、泳いでいてとても楽しいものだった。
ウンディーネについていきながら体を横向きに回転させてみたり、水面を眺めながら泳いでみたり、優雅で自由で心地よい。
楽しそうに泳いでいるとウンディーネがご機嫌そうな顔で問いかけてきた。
「そういえば、ノームについてた鎖、どうやって解いたの?」
「ショベルで頑張って壊した」
「え?」
困惑しているウンディーネを見てノームがケタケタと笑っている。
なにがどうしてそんなにおかしいのかがわからず、ウンディーネとはまた違った理由で一緒に困惑していると、ウンディーネが笑い始めた。
「私のときには領民のみんなが祈ってくれたことでなんとか解けたんだよ。……すごいね。まさかの力業。え、本当にショベルなんかで? あの鎖って物理で壊せたんだ」
ノームとウンディーネが大笑いし始めると、なんだか恥ずかしくなってきて顔が赤くなってしまった。
穴があったら入りたい。
水がだんだん冷たくなってきているおかげで、熱くなった顔をちょうどよく冷やしてくれている。
ひとしきり笑い終えたノームはゆっくりと口を開いた。
「私たちって思い込みに囚われてるのかもね。呪いには祈りじゃないとだめって思い込んじゃってたんだろうなあ。まさか腕づくで壊せるなんて……なんでずっとあそこに捕まってたんだろう。マナとか祈りとかそういうのに頼りっきりだったせいか……」
ちょっと悔しそうにしているノームを見てウンディーネは静かに笑っている。
話を聞いているとどんどん顔が熱くなってきて恥ずかしさが増していく。
「ヒロくんはあっちから来たから、私たちにとっての当たり前と違った発想があるおかげで新しい風を吹かせることができるんだろうね」
ノームとウンディーネが楽しそうに笑いながらこちらを見つめている。
僕はただなにもできないなりに、できる限りのことを考えて足掻いてみただけだったのに、いつの間にかどんどん持ち上げられて照れくさい反面少しだけ怖かった。
どうして怖いのか。実力に見合わない期待が重いからだ。じゃあどうすべきか……。
「僕には他の人のような知恵も、祈る力も、カリスマのような人気もなにもないから、できることが何か考えて頑張ってみただけだよ。僕には何も特別なものがなかっただけだから」
正直に自分の無力さを口に出した。正直にだ。
謙虚でもなんでもなく、ありのままの自分を。
ノームとウンディーネはそんな僕の方を見てより一層嬉しそうに微笑んだ。
ノームがゆっくりと口を開く。
「正直は美徳だね。君は、自分で自分のハードルを上げてしまっているんだよ。周りと比べすぎないでね。君には君の素敵なものがあるのだから。これは持ち上げてるんじゃないんだよ。価値観を押し付けてるつもりでもないからあんまり気にしないようにね。ただ、言われないとわからないものだってあるよね。君は一生懸命できることを考えた。考えた結果、実行に移したんだよ。私は君のそういうとこが好きだと思ったんだ」
二人はまた楽しそうに笑いあっている。
言われてみると照れくさくて恥ずかしくなってきてしまった。
顔の熱を冷ますのに都合よく水がどんどんひんやりしてきているけれど、どこへ向かっているんだろう?
気になっていると、氷塊があちこちに見え始めた。
もしかして空中庭園付近の海かな?
ウンディーネが泳ぐのをやめて水上へ顔を出した。それに合わせて僕たちも泳ぐのをやめ、ノームと一緒に水面へと顔を出す。
「精霊が消えたらどうなるかちょっとだけ覗いてもらった方がいいかと思ったの。海をめぐるついでにね」
自分のしでかしたことを教えてくれようとしているんだ。
罪悪感から目を逸らしそうになる。
「責めているわけじゃないんだよ。ただ、行く末を知っていて損はないと思って。嫌なら海の紹介だけにするけどどうかな?」
罪悪感と好奇心がないまぜになった不思議な感情を抑え込み、見る覚悟を決めて頷く。
ノームはそれを見るや、ユグドラシルを指差して説明をしてくれた。
「あのあたりが冬の層、常闇の森だよ。暗闇がいつもは冬の層までで止まっているの。今は秋の層の端っこまできてるのが見えるかな?」
目を凝らしてよく見てみると確かに、秋の層の端っこが黒く染まっていた。
「ユグドラシルはドライアドのようなものだから滅びることはないのよ。そこで育つ草木も。でもね、領民は違う。お母さんにとっての子どもは自然と妖精、私たち精霊なの。お父さんは……分け隔てないと思うけど詳しくはわからない。ひとりひとり見守ってるのは確かだよ。ちゃんと見ていてくれてる」
そのうちジニアも闇にのまれてしまわないかが心配になってきていたが、最後の言葉になんとなく安心感を覚えた。
ちゃんと見てくれている、見守ってくれている。
そんな言葉が胸に温かく広がった。
思わず月を見上げて手を伸ばす。優しくて綺麗で温かい月の光。
「自分が元からなかった子はこの世界のマナとしてお母さんが徴収しちゃうけれど、自分があった子はお父さんがちゃんと守ってくれるから」
察したようにウンディーネがいうので恥ずかしくなって伸ばしていた手を引っ込めた。
二人の精霊はケタケタと笑いながらそれを見ている。
「ここの領地には空中庭園と違っていろいろな民が住んでいます。動植物分け隔てなく同じ海に住むひとりの人として助け合って生きているんですよ。クリオネの特徴がある人もいればペンギンの特徴を持つ人、カモメ、シロクマ、シャチにイルカ、サメ、珊瑚、昆布にイソギンチャクと様々なんだ。肌の色も目の色も、髪の色も、どんな特徴があるかなんて関係ない。みんなそれぞれの特徴を尊重し認めあって助け合う、そんな領地」
ウンディーネの説明に心が軽くなってくる。
誰もが認めあえる世界があったんだ。
「最初は弱い人はほっといて強い人だけで生き残る世界だった。弱肉強食。だけどね、それじゃだめだったの。見捨てられた命で水が汚れ、結果的にみんな苦しんだ。最初は渋々助けていたけれど、そのうち心に温もりが宿って、助け合うのが当たり前になれた。ここの人たちには種族の名前がないの。種族ごとの名前が差別につながるからなくなっちゃった。それぞれ好きな名前を名乗って自分に合った場所で合った生き方をする上でお互いの気遣いを大事にしながら生きているんだよ」
ここに住みたいと思う反面、真と笹倉のことが頭に浮かぶ。不思議と嫌な気持ちはない。
こんなに温かい世界にいられたら良いなって思うけど、僕にはやらないといけないことがあるんだ。
揺れ動く心の狭間で、憧れる在り方に目を輝かせる。
「ここは寒いのでペンギンの子やシロクマの子、シャチの子、ラッコの子、昆布の子のような寒い海が好きな子たちがいるはずです。ちなみに、ここからもオーロラが見えるんですよ」
そこからは各海を巡りながら簡単に説明をしてくれた。
流氷の綺麗な海から始まり、白い砂が果てしなく広がる美しい海の砂漠、岩礁でできた住宅街のような海、サンゴ礁の綺麗な海、深海の薄暗いけれどほんのり明るい神秘的な海、本当にいろいろな海があった。
いろいろな人が住んでいて、困っていることがあったら相手の話に耳を傾け会話をし、相手の望んでいることを深く掘り下げて理解してから一緒に歩みを進めていく。誘導しないように気をつけながら、周りが良かれと思って勝手に進めてしまわないようにしながら。優しいけど優しすぎない世界だった。
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