ゆらめく休息

 コロッセオへ行く前にアトランティスでのんびりさせてもらうことになった。


「じゃ、私とウンディーネは旅立つ準備してくるからゆっくりしてて! 最強武器のショベル探さないと!」


 ノームはショベルが気に入ったらしい。


「普通のショベルでいいのかな? 鉄以外に金のショベル、銀のショベルも用意しとこうよ。あ、ヒロくんさ、眠くなったら私の神殿で寝ていいからね」


 ウンディーネは『金の斧』と絡めてショベルの話をしている。なんだかとても楽しそうだ。


 ノームはキャッキャとはしゃぎながら、しとやかに笑っているウンディーネの手を引いてどこかへ行ってしまった。


 その間ずっとショベルの話をしていたあたり、二人ともショベルが本当に気に入ったのだろう。


 無理もない話だ。自分たちから自由を奪っていたものを壊せる道具なのだから。


 そうは思っても、ネタにされている身としては非常に恥ずかしいのだが、気に入ってもらえたのが嬉しくもあって心が浮ついて仕方がない。


 空がいつの間にか明るくなっている。


 海自体がうっすらと光っているおかげで夜が明けたことに全く気がつかなかった。


 とりあえずウンディーネの神殿でひと眠りしたいな。


 夢を見るのが少しだけ怖くなってしまったけれど、真くんのことが気になって仕方がない。


 夢で真くんの様子を知れるとは限らないけれど、向こうの様子を少しだけでもいいから知りたかった。


「あれ? そういえば神殿ってどこだろう?」


 場所を教えてもらうのを忘れていたことに気が付き、誰か知っている人がいないか探して尋ねてみることにした。


 人と話すのは少し怖いけれど、この領地の人相手であれば多分大丈夫だ。


 誰かいないかきょろきょろしていると、ちょうどいいタイミングでトビウオのヒレのような耳の生えた人が通りがかった。腰のあたりからは魚の尾が生えている。


「すみません。道をお尋ねしてもよろしいですか?」


 ヒレ耳の人は泳ぐのをやめるとこちらをゆっくりと振り向いた。


 二の腕と太ももの外側にもトビウオのヒレらしきものが生えていて、正面から見ると蝶のようにも見える人だ。


 髪の毛はトビウオの背のような濃い青色で、瞳はマリンブルー色をしていてとても綺麗だ。肌は魚の腹のような白さだ。


「俺か? どした?」


 話しやすそうな人でほっと胸を撫でおろす。


 とても気さくそうな人で安心した。


「ウンディーネの神殿はどこにありますか? そこで休んでも良いと許可をいただいたのですが、場所がわからなくて……」


 トビウオのような人は顎に手を当て少し上を見上げた後、こちらをまっすぐ見てニカっと笑いかけてくれた。


「あー。あそこのことかな? よければ連れてってやるよ。つかまりな」


 手を差し伸べてくれたのでそっと握ると、すさまじい速さで泳ぎ始めた。


 泳ぎ始めは水の抵抗があり、腕と体がちぎれそうで苦しかったけれど、流れに乗ったのかウンディーネの加護のおかげか水がぶつかってくる感覚はいつの間にかなくなり、滑るように引っ張られることができた。



 そうしてどれくらい経っただろうか。


 引っ張られている間は水面を見上げて揺れる光に思いを馳せ、透き通る水の美しさに心を洗われ、引っ張られているのを見て笑顔で手を振ってくれる人に手を振り返してすごしていた。


「ちょっと飛んでもいいか?」


 時折、引っ張ってくれている人が水面から飛び出し宙を舞うので一緒に飛び上がってから水面に飛び込むこともあった。


 必ず事前に声を掛けてくれるあたり、性格の良さがにじみ出ている。


 不思議と叩きつけられる痛みもなにもなく、しばらく風に乗って飛ぶ楽しさを素直に味わう。


 水の流れを感じるのも心地よいけれど、やはり風に吹かれている感覚が一番好きだ。


 いいなあ。生まれ変わったらトビウオになってみたい。


 ぼんやりとそんなことを思っていると、引っ張ってくれている人が泳ぐのをやめた。


「ついたぜ。ここが神殿だ」


 そっと手が離れていく。


 目の前にはパルテノン神殿のような建物がそびえたっている。


 立ち並ぶ柱の向こう側の床に扉らしきものがある。


 あそこが出入口かな?


「ありがとうございました。親切にしてくださってありがとうございます。覚えていられるかわかりませんが、お名前をお聞きしてよろしいですか?」


 断られるかもしれない、変なやつだって突き放されるかもしれない。


 不意にわきあがる不安にのまれそうになっていると、トビウオのような人はニッと口角をあげて口を開いた。


「俺はクルトだ。親切とか思いやりとかいう意味が込められてるんだとよ。またどっかで会ったらよろしくな」


 素敵な名前だと思っているうちに見えなくなるほど遠くへ泳いで行ってしまった。


「またどこかで」


 見えなくても、聞こえなくても、クルトへ手を振り声をかけてお別れをした。


 次会えたときは恩返し出来たらいいなあ。

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