第21話:権謀術数

ロマンシア王国暦215年4月2日:ロマンシア王国の居城


 マルティクス第1王子の処断を求めたのは、同母弟のフェデリコ第2王子だった。

 普段は思慮深く大人しい、常にマルティクス第1王子を立てるフェデリコ第2王子とは思えない行動だった。


 だがこの行動には事情があったのだ。

 大会議の前に異母弟であるヤコブ第3王子に説得されたのだ。


「フェデリコ兄上、このままでは王家が滅んでしまいます。

 国境を接する全ての国が、軍を動員している事はお聞きになっているのでしょう?

 彼らが同盟を結んで攻め込んできてからでは遅いのですよ」


「そんな事は分かっている、分かってはいるが、兄上を廃嫡する事などできない!」


「ですがこのままでは、マルティクス兄上が殺されてしまうのですよ。

 いえ、マルティクス兄上だけではありません。

 恐れ多い事ですが、父王陛下もグレタ王妃殿下も殺されてしまわれます。

 兄上も私も殺されてしまいます。

 そんな事に成ったら、ジュリア姉上が後ろ盾を失ってしまわれます」


 ヤコブ第3王子はフェデリコ第2王子を陥れようとしていた。

 高級娼婦の腹から生まれたヤコブ第3王子の王位継承権は低い。


 王妃の腹から生まれた2人の王子だけでなく、高位貴族の側室から生まれた異母弟達よりもはるかに王位継承権が低い。


 何より王家の証しともいえる、光り輝くような金髪ではないのだ。

 母親と同じ赤髪なのだ。

 王の子供である事すら疑われているのだ。


「そんな事はヤコブに言われなくても分かっている。

 王太子妃に成られているジュリア姉さんの事を考えれば、王家が力を失う事だけは許されない」


 シスターコンプレックスともいえるほど姉を慕っていたフェデリコ第2王子だ。

 後ろ盾になっているロマンシア王家が滅んでしまったら、隣国に嫁いだジュリア姉さんが王太子妃の座を追われてしまう事を想像して恐怖した。


 だからつい言葉を荒げてしまった。

 普段のフェデリコ第2王子は、妾腹異母弟の中でも1番格下のヤコブにさえ、優しい言葉をかけるのに。


「そうですよ、フェデリコ兄上。

 それに、僕だってマルティクス兄上を殺したい訳じゃない。

 殺されないように廃嫡でとどめようと言っているのです」


「くっ、ジュリア姉さんの為にもガッロ大公家とは和解しなければいけない。

 騎士団長や財務大臣の話は聞いた。

 とてもではないが、戦って勝てる相手ではない。

 ガッロ大公家という大敵を内に抱えた上に、複数の隣国と戦うなど不可能だ」


「分かっておられるのなら、マルティクス兄上を廃嫡するしかありません。

 ガッロ大公家の先代のように、離宮の1つを与えて好きにして頂くのです。

 王としての責任から解放される分、マルティクス兄上は楽になられます」


「……兄上に王の資質がない事は分かっていた。

 だがマリア嬢が支えてくれれば大丈夫だと思っていたのだ」


「マルティクス兄上は、そのマリア嬢に自殺を強いたのです。

 こんな事は言いたくないですが、フェデリコ兄上が親身になって支えられたとしても、叛逆を恐れて自殺を強要されるかもしれません」


「くっ、そんな事はないと言い切れないのが哀しい」


「フェデリコ兄上、もう他に道はありません。

 1日でも早くマルティクス兄上を幽閉しないと、ガッロ大公家のロレンツォが何を仕掛けてくるか分かりませんよ」


「あの義妹を溺愛しているので有名なロレンツォか……」


 フェデリコ第2王子はロレンツォの気持ちが分かる気がした。

 もし姉さんが夫から自殺を強要されたとしたら、自分は間違いなく王国騎士団を率いて隣国に攻め込んだだろうと。


 だからこそ、まだ開戦を我慢しているロレンツォの内心の怒りが怖かった。

 即座に自分で復讐できない分、増悪が膨れ上がっているのが分かるのだ。


「だが父王陛下や母上が認めてくださるだろうか?

 父王陛下と母上は肉親の情が厚い方だ。

 特に母上は妾腹の子供であろうと私達と同じように愛される方だ」


「その事は、1番助けていただいた私がよく知っております。

 だからこそ、表向きは廃嫡幽閉ですが、実質は悠々自適の隠居生活にするのです」


「兄上が僕達の本心を理解してくださればいいのだが……」


「マルティクス兄上の事ですから、フェデリコ兄上の真意をお伝えしなければ、逆恨みされる事でしょう」


「ヤコブもそう思うか?」


「残念ながら、これまでのマルティクス兄上の言動を考えれば、逆恨みされるとしか考えられません」


「兄上に逆恨みされるのは気が重い。

 姉上の為にやらなければいけないと分かっていても、気が重い」


「ご安心下さい、私が密かにお会いしてフェデリコ兄上の真意をお伝えします」


「そうしてくれるか?」


「はい、この命に代えても分かっていただきます。

 フェデリコ兄上は国王陛下と王妃殿下の説得をされてください。

 お手伝いできればいいのですが、私の立場では……」


「ヤコブが貴族達から不当に扱われているのは知っている。

 彼らの説得は私に任せてくれ。

 その代わりと言っては何だが、兄上の説得を頼む。

 今こうして兄上を廃嫡する事を考えると、兄上の性質が怖くなってきた。

 逆恨みされてしまったら、どのよう手段を使ってでも復讐されるだろう」


「お任せください、フェデリコ兄上。

 誠心誠意お話しして、マルティクス兄上に納得していただきます。

 ジュリア姉上の状況もお話しすれば、きっと分かってくださいます」


「そうだな、姉上の置かれている状況を考えられたら、いくら兄上でも非常識な逆恨みはされないだろう」


「はい、きっと分かってくださいます。

 フェデリコ兄上は国王陛下と王妃殿下の説得を頑張られてください。

 廃嫡後のマルティクス兄上が幸せに暮らせるように、離宮と予算を財務大臣達に認めさせなければいけないです」


「分かった、頑張ってみよう」

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