第7話:強訴

ロマンシア王国暦215年2月3日王城正門


「国王陛下に謁見を願いたい。

 マルティクス王子とエリザ男爵令嬢の悪巧みは、王子の護衛と侍従が学園に提出した報告書から明らかだ。

 謁見を遅らせ、証拠隠滅の時間稼ぎをするのなら、その黒幕は陛下だ断定するしかないが、それでいいのだな!」


 ロレンツォは、僅か1日の間に有志の貴族100人以上を集めた。

 このままマルティクス王子を無罪放免にするようだと、次はどこの令嬢が毒牙にかけられるか分からず、名門貴族の誇りに泥が塗られると説得したのだ。


 エリザ嬢を押しのけて王子を魅了しようと考えるような、今の立場が弱い下級貴族は参加しなかったが、現状に満足している上級貴族のほとんどが参加した。


 まだ王権が完全に確立されておらず、王の権力は有力貴族達から頭1つ抜けている程度で、過半数の貴族の賛成がなければ政治を行えない状態だった。


 そんな王家がこれまで滞りなく政治を行えて来たのは、有力貴族の中に王家の分家である4つの公爵家があったからだ。

 その中でも筆頭格のガッロ公爵家が王家に忠誠を誓っていたからだ。


 ただ四大公爵家が常に王家に忠誠を誓っていたわけではない。

 王家内での血で血を洗う王位継承争い起ると、王子や王弟について現国王に叛旗を翻す公爵家もあった。


 現国王の治世が安定していたのは、まだ幼いマルティクス王子とマリア公爵令嬢を婚約させ、ガッロ公爵家を味方につけた事が1つ。


 もう1つが、ガッロ公爵家の養子に迎えらえたロレンツォが、僅か1年で公爵家の領内総生産を倍増させた事。

 

 しかも倍増は単年だけではなかった。

 この10年間、毎年領内総生産を倍増させていた。

 昨年は遂に累積1000倍以上の領内総生産を成し遂げていた。


 はっきり言って王家など足元にも及ばない経済力と軍事力を誇っている。

 そんなガッロ公爵家の代表が本気で怒って王城に押しかけてきているのだ。


 ガッロ公爵家の怒りが理不尽な物で、道理が王家側にあったのなら、国王の権威を使って有力貴族を味方につける事もできただろう。

 だが今回は明らかに王子に非があり、国内貴族を味方に付けるのは不可能だった。


「国王陛下が謁見なされるそうです。

 ただ全員と会うのは難しい。

 代表1人と会われるので、誰が代表になるのか決めていただきたい」


「卑怯な王家は1人だけ呼び込んで暗殺する心算ですか?」


「無礼者!

 国王陛下に何たる悪口雑言!

 公爵代理程度が思い上がるな!」


「思い上がっているのはお前だ、侍従長。

 マルティクス王子がやった事を知っていて、王と王妃に報告していなかったのか?

 報告を受けていたのに何もしてこなかった王と王妃を、ガッロ公爵家が信用して忠誠を尽くすと思っているのか?

 今日謁見を願い出たのは、分家としての最後の礼儀だ。

 その礼儀を利用して王権を振りかざそうとするのなら、次に会う時は戦いの場だ」


 ロレンツォはそう言い放つと侍従長に背中を向けた。

 侍従長はもちろん、一緒に謁見を願いに来ていた有力貴族達も、最初は何が起こったのか分からなかった。


 だが茫然自失となっている間にロレンツォの背中が小さくなってきて、ようやく何を言われ何が起こったのかを理解した。


 ロレンツォはガッロ公爵代理として国王に最後通告をしたのだ。

 それを国王が拒否したと断じ、開戦を決意したのだ。


「おまちください!

 国王陛下に再度お取次ぎさせていただきます。

 ですから、どうかしばしお待ちください!」


 先ほどまで王権を振りかざして傲慢な態度を取っていた侍従長が、真っ青な顔をしてロレンツォに追いすがった。


 このままでは自分の言葉が王家とガッロ公爵の開戦原因となってしまう。

 そんな事になれば、間違いなく戦犯として処刑される。

 いや、自分1人が処刑されるだけでは済まず、一族一門皆殺しにされる。


 だが侍従長の保身などロレンツォには関係のない事だった。

 そもそもロレンツォは虎の威を借る狐のような人間が大嫌いだった。

 そんな奴は死ねばいいとさえ思っていた。


「自分のやった事は自分で責任を取れ!」


 本来のロレンツォの性格だと、侍従長のような奴には、言葉もかけずに無視する。

 今回のように縋りついてきた時には、顔の形が変わるほどタコ殴りにする。


 今回言葉をかけて振り払う程度で済ませてやったのは、100人を超える貴族家の当主や世継が見ていたからだ。


 彼らを味方に付けるのなら、好き勝手に振るまう訳にはいかない。

 彼らの心を掴む振舞いを演じなければいけない。


 そんな当たり前のことを、王子も侍従長も分かっていなかった。

 だから学園で傍若無人に振るまい、王家の評判を落としていたのだ。


 ロレンツォと一緒に王への謁見を願い出ていた貴族達は、慌てて自分達の屋敷に戻って行った。


 急いで王都から逃げ出さなければいけないからだ。

 このまま王都に残っていたら、王家の人質にされてしまう。

 無理矢理ガッロ公爵家と戦わされてしまう。


 経済発展著しい、ガッロ公爵家に勝てると思っている貴族など1人もいない。

 ガッロ公爵家に味方するなら、領地に戻って兵を集めなければいけない。

 中立の立場を取るのなら、逸早く宣言しなければいけない。


 中立宣言が遅れたら、ガッロ公爵家に滅ぼされてしまう。

 王家を狙うガッロ公爵家が直ぐに攻め込んでこないとしても、ガッロ公爵家に味方した近隣貴族が攻め込んで来るかもしれないのだ。

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