第6話:ロレンツォの想い

ロマンシア王国暦215年2月3日王城外郭部王立魔術学園


「マリアお嬢様」


 ロレンツォは仮死状態にされているマリアお嬢様の枕元にいた。

 手を握る事もなく、顔を覗き込む事もない。

 蘇生した時にマリアお嬢様の名誉が傷つく事のないように配慮していた。


 だがその内心は、抱きしめ泣き叫びたい気持ちで一杯だった。

 自分の警戒が足らず、このような目に遭わせてしまった、マリアお嬢様に対する悔恨の想いで一杯だった。


 マリアお嬢様と貴族社会への配慮の為に同室させられている、乳母、女性護衛騎士、侍女は居たたまれない思いだった。


 自分達が保身の気持ちを隠し、表向きマリアお嬢様への忠誠心だと誤魔化して、報告すべきことを隠していた結果が、マリアお嬢様をこのような目に遭わせたのだから。


「お嬢様、必ず仇は討たせていただきます」


 ロレンツォにとってマリアお嬢様は特別な存在だった。

 異世界から前世の知識を持ったまま転生してきたロレンツォは、最初この世界になじむ事ができず、両親や兄弟姉妹にも愛されず、疎外感で狂ってしまいそうだった。


 両親や兄弟姉妹に愛さないどころか、公爵一族内の権力争いで殺されかけて、この世界を支配するか破壊してやろういう思いに囚われていた。

 前世の知識とこの世界の理を融合させ、力と富を手に入れる事に熱中していた。


 そんな時、傍流ではあったが、ガッロ公爵家の一族であったことが幸いした。

 幼い頃から冒険者として自活し優秀さを証明していた事で、領城内で働く事を許され、ガッロ公爵家内での立場を確立していった。


 将来この世界を支配する足掛かりとして、公爵家内で着々と足場を固めていた。

 そんな時に、幼いにもかかわらず、必死で公爵令嬢としての役目と、将来の王妃としての役割を果たすマリアお嬢様に出会ったのだ。


 まだつたない言葉で、一族の末端にいるロレンツォを労わってくれた。

 幼女であるマリアお嬢様が、少年のロレンツォを労わる。

 客観的に見れば笑うしかない光景だった。


 心の荒んでいたロレンツォは、最初マリア嬢を馬鹿にしていた。

 将来利用しようとしてマリアお嬢様と親しくなっていったのだが、おもいがけない場面に出会ったのだ。


 家臣使用人達の前では笑みを絶やさないマリアお嬢様が、誰もいない所では耐えきれずに涙を流していた。


 父親である公爵は先々代国王の庶子で、王位継承争いで殺されない代わりに、ガッロ公爵家に婿養子に入れられた身だ。


 それだけに身勝手な所があり、マリアに対する愛情も希薄だった。

 いや、全く愛情を持たず、再び王国で権力を振う為の駒と思っていた。


 唯一溢れんばかりの愛情を注いでくれていたのは、母親であるガッロ公爵家直系の公爵夫人だったが、マリア嬢が学園に入る前に亡くなられてしまった。


 ガッロ公爵家の直系では、マリアお嬢様が唯一の生き残りとなってしまった。

 譜代の家臣使用人の忠誠は、良くも悪くもマリアお嬢様に集中してしまった。


 マリアお嬢様は彼らの忠誠心を裏切らないように、必死で理想の公爵令嬢になろうとしたが、それはまだ少女と言える年齢には辛く苦しい事だった。


 誰もいない所で独りさめざめと泣くマリアお嬢様の姿を見護る時、ロレンツォの心は剣で貫かれるような痛みを感じた。


 マリアお嬢様の為にはどのような事でもやると誓うようになった。

 前世で幼い頃に死に別れた妹の姿に重なったのだ。


 マリアお嬢様の悲痛な努力を見続ける事で、世界征服も世界の破壊も止める事にしたロレンツォだったが、マリアお嬢様が王子妃に成ったら、幸せになったら、自分は何者にも束縛される事のない自由な生活をする心算だった。


 だから一時的に冒険者としての自由な生活を完全に諦められた。

 マリアお嬢様のサポートに全力を注ぐことにした。


 ところが、将来王妃となるための教育が多過ぎて、マリアお嬢様を押し潰すかもしれないと危機感を持つようになった。


 マリアお嬢様付の女性護衛騎士や侍女からの報告から、マルティクス王子が余り優秀でない事は分かっていた。

 王妃になってからもマリアお嬢様に負担がかかるのは明らかだった。


 その時の為に、王城に連れて行く女性護衛騎士や侍女を鍛えなければいけない。

 そうは思ったが、マリアお嬢様が幼い頃から仕えている女性護衛騎士や侍女を、何の失点もないのに、無能だからと排除する事はできない。


 マリアお嬢様が哀しむ事は断行できなかった。

 親しみのない、能力だけで選んだ護衛騎士や侍女では、マリアお嬢様の心が癒されないかもしれないとも考えた。


 だが、その結果が、マリアお嬢様が自殺を強要される事になった。

 だからロレンツォは陰湿な復讐鬼になる覚悟を決めた。


 マルティクス王子とエリザ男爵令嬢は必ず殺す。

 だが同時に、マリアお嬢様への忠誠よりもマルティクス王子への媚び諂いを優先した、乳母、女性護衛騎士、侍女も許さない。


 直ぐに処分したら公爵家内が混乱するし、蘇らせた直後のマリアお嬢様が戸惑うから、代わりになる真の忠臣に馴染まれるまでは生かしておく。


「マリアお嬢様の護衛は任せる。

 もう二度とこのような失敗するな。

 次に同じ失敗をしたら、お前達だけでなく一族一門皆殺しにする」


「はっ、命懸けで御守りさせていただきます」

「もう二度と同じ失敗はいたしません」

「誠心誠意お仕えさせていただきます」


 異口同音にマリアお嬢様への忠誠の言葉を吐く連中に形だけに挨拶をして、ロレンツォはマリアお嬢様の寝室を後にした。

 明日仕掛ける罠を準備するために、多くの貴族家を回らなければいけない。


 それと同時に、公爵領にいる家臣使用人領民のリストに再度目を通す。

 マリアお嬢様の御側近くに仕えさせてもいい者を選ぶのだ。

 持って生まれた性質がよく、育ちに歪みのない者を選抜しなければいけなかった。

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