第20話:逆恨みと叛意

ロマンシア王国暦215年4月2日:ロマンシア王国の居城


「父王陛下、何をグズグズされているのです!

 ガッロ家は王家に反旗を翻したのですぞ。

 直ぐに討伐してしまえばいいのです!」


 愚かなマルティクス第1王子が身勝手な事を喚いていた。

 そもそも全ての元凶は自分なのに、自分の事は棚に上げている。


 ここでガッロ大公家に討伐軍を向けたら、大陸中の物笑いの種になる事を分かっていないのだ。

 いや、既に自分が大陸中で暗愚の王子と噂されている事を知らない。


「愚かな事を申すな。

 それでなくともお前の一件で王家の信望は地に落ちているのだ。

 これ以上愚行を重ねたら、他の貴族まで愛想を尽かして離反する。

 そのような事も分からぬから、あのような性悪に操られるのだ」


 愚かでも馬鹿でも、王にとっては愛する子供である。

 できる事なら優秀な後継者になってもらいたい。

 王は家臣達に諫言してもらおうと視線を送ったが、誰も何も言わない。

  

 心ある騎士団の団長達は、もう既にマルティクス第1王子を忌み嫌っている。

 特に愛する息子に汚点を付けられた団長達は、増悪していると言ってもいい。

 もうマルティクスを忠誠の対象とは思っていないのだ。


 阿諛追従の近臣達も何も言わない。

 関わっても損なだけで何の利益もないと思っている。

 当面は王のご機嫌さえ取っておけば権力は維持できると見切っているのだ。


「エルザは性悪ではありませんでした。

 マリアの叛意を見抜き事前に謀叛を防ごうとしてくれたのです。

 それを父王陛下は!」


 ルーカ王の我慢も父性愛も限界だった。

 グレタ王妃に懇願されたから幽閉を解いたが、反省するどころか逆恨みしている。

 ガッロ家だけでなく、父親でもある王も逆恨みしているのだから始末が悪い。


「北の塔への幽閉は解いたが、謹慎まで許したわけではない!

 これ以上愚かな事を申すのなら、もう1度北の塔に幽閉するぞ。

 その愚か者を自室に閉じ込め反省させろ!」


「愚かな!

 このままでは王家が滅ぼされてしまいますぞ!」


 始末に負えない馬鹿だった。

 多少でもモノの見える者なら、ガッロ大公家が誘っている事くらい分かる。


 どれほど王家に非があろうと、マリア嬢の命は助かったのだ。

 分離独立だけならともかく、反乱まで起こせば非難する国や貴族が現れる。

 だが、王家から攻め込んでくれれば戦争を始めても誰にも非難されない。


 大々的に大公国建国を宣言するのも、近隣諸国だけでなくロマンシア王国貴族にも招待状を送るのも、ロマンシア王国から攻め込ませるための策だ。


「アルベルティ伯爵、その馬鹿に現実を言って聞かせてやってくれ」


 誰もマルティクスを連れ出そうとしないので、王は仕方なく指名した。

 王国の財務大臣を務める元天才商人は表情を変える事なく内心で溜息をついた。

 実現不可能な命令をされた家臣の悲哀を押し隠して淡々と応じた。


「王子殿下、お気に召さないのは重々承知しておりますが、それは臣も同じです。

 理解していただけるかどうかは分かりませんが、説明させていただきます」


 アルベルティ伯爵が、マルティクスだけでなくルーカ王を見捨てた瞬間だった。

 多少でも知恵のある者は、言葉に込められた意味を察知した。


 アルベルティ伯爵家の先々代当主末子として生まれた彼は、年の離れた兄の世話になるのを潔しとせず、伯爵家を出て商家の婿養子となった。


 普通なら絶対に考えられない事だったが、実母の身分がとても低かったのだ。

 婿入りした商家から行儀見習いに出された娘は彼の実母だった。

 だから婿入りとは言っても従兄妹結婚で、実家に戻っただけとも言えた。


 だが商家に入った彼は頭角を現し、次々と斬新な商売を思いつて大儲けした。

 ついには才薄く伯爵家の財政を傾けた兄に請われ、後継者として伯爵家に戻るというサクセスストーリーを成し遂げていた。


 そんな人生を歩んできただけに後継者選びも斬新で、一族の中で一番商才のありそうな男の子を養子にするという方針を立てていた。

 可能性のある一族男子を全員王立魔術学園に入れていた。


 だがそんな彼でも大失敗してしまう事はある。

 多少無能でもガッロ公爵家から妃を迎えれば大丈夫と考え、最も優秀な後継者候補をマルティクス第1王子の生徒会に入れてしまったのだ。


 大切な後継者候補に汚点を付けた1番の責任者は自分だが、元凶となったのはマルティクスなのだ。

 それが反省する事もなく、王国の状況をもっと悪くしようとしている。


 アルベルティ伯爵の髪と瞳は、若い頃はとても美しく鮮やかな新緑の緑だったが、今では年相応にくたびれている。

 特に今日は年齢を感じさせる陰があるように見えた。


 大会議室を去るアルベルティ伯爵は、もう自分の方針を決めているからいい。

 だが残された者達は驚愕のあまり固まっていた。


 現役の財務大臣が王家王国を見捨てると宣言したのだ。

 直接的な言い方はしていないが、魑魅魍魎が渦巻き言葉1つで失脚する事のある社交言葉では、王家を見捨てると言い切ったのだ。


 ある意味王国の序列に関係のない、王への阿諛追従だけで権力を行使する王の近臣達を除けば、文官ナンバーツーが離反したのだ。


 それでなくても病を理由に宰相が登城を拒否しているのだ。

 ガッロ大公家に関する事では王家に協力しないと態度で示しているのだ。

 

 ここでもう1人でも有力貴族が王国から離反してしまったら、王国貴族が続々と同調してしまう事は明らかだった。


「父王陛下、このままでは王国が崩壊してしまいます。

 ここは父親ではなく王として決断されるべきです」


 王族が並ぶ壇上の1番端からフェデリコ第2王子が声を上げた。

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