第17話:口喧嘩

ロマンシア王国暦215年2月13日街道途中の村


 ロレンツォはマリアお嬢様を仮死状態から快復させた。

 更に医者にも回復魔術師にも治せない猛毒を解毒した。

 完治して元気になられたマリアお嬢様に全てを説明した。


「いえ、全て私が悪いのです。

 お義兄様にはご迷惑とご心配をおかけしてしまいました。

 もう私の事は気になさらず、公爵家を事を一番にお考えください。

 いえ、お義兄様の思うようになされてください」


「何を申されるのですか!

 私はマリアお嬢様のお子が生まれるまでの繋ぎとして迎えられただけです。

 それも現当主のダヴィデ閣下が亡くなられた時だけの繋ぎです。

 公爵家をどう治めるかは、マリアお嬢様が決められる事です」


「またそのような他人行儀な事を申される。

 私は妹なのですよ。

 マリアと呼び捨てにしてください」


「とんでもありません。

 対外的には、マリアお嬢様の兄妹のように振舞う事もあります。

 ですがそれは、あくまで公爵家の威信を守るためです。

 公爵家内では君臣のケジメをつけなければいけません!」


「君臣などと、何を馬鹿な事を申されれているのですか。

 お兄様はお父様と正式な養子縁組をされたではありませんか。

 義兄様とは、対外的も公爵家内的にも兄妹です!」


「マリアお嬢様の申される事でも、これだけは認められません。

 私はマリアお嬢様の家臣です!」


 とてつもなく不毛な会話だが、これがこの義兄妹の何時もの会話だった。

 だがこの不毛な会話を長く続けたお陰で、マリア嬢の心が少しだけ軽くなった。


「お義兄様に何を言って無駄なのは分かりました。

 どうしても私の言う通りに公爵家を治めると申されるのでしたら、心の傷が癒えるまで、全てお義兄様にお任せします。

 そうお願いしたら、これまで通りお義兄様が治めてくださるのですよね?」


「……それは命令ですか」


「はい、命令です。

 ……マルティクス王子殿下の事で辛いのです。

 領内でも田舎の方で静養したいのです。

 修道院に入ってもいいと考えています」


「駄目です、絶対に駄目です。

 代理としてマリアお嬢様の負担を軽くする事は喜んでやらせていただきます。

 ですが、田舎で静養するのも修道院に入るのも絶対に駄目です。

 そのような事を強行されたら、私も代理を返上して修道院に入ります!」


 ロレンツォは必至だった。

 マリアお嬢様を修道院入りさせるなどとんでもない事だった。

 普通の貴族令嬢として幸せに暮らしてもらいたかった。


 そのためならどのような手段でも使うつもりだった。

 普通なら絶対に使わない脅迫するような話もした。


 側近達と話す時のような砕けた会話ではなく、家臣として丁寧な言葉を使いつつ、誠心誠意説得した。


「お義兄様が修道院に入ってしまわれた、公爵家が立ち行かなくなります。

 ……お父様はあのような方ですし……

 困った譜代の方々が居なくなったとはいえ、お義兄様が諫言されなくなったら、公爵家のお金を湯水のように使われて、民を苦しめてしまわれます」


 マリア嬢は慈愛の塊のような性格で、相手を責める事なく、全て自分で受け止めてしまうのだが、決して馬鹿ではない。

 

 マルティクス第1王子が身勝手な事も、父親が惰弱で浪費家なのも分かっている。

 その上で、相手を愛して自分が引く事で全て丸く収めようとしてしまう。


 強く出て相手を責めた方が、王国や公爵家が良くなる事も分かっている。

 分かってはいるのだが、そのために僅かでも犠牲者が出る事が耐えられない。

 マリア嬢は、そんな根本的な弱さを持って生まれてしまったのだ。


「その事を分かっておられるのなら、ダヴィデ閣下に成り代わって、公爵家の当主におつきください。

 そうしてくださらないと、閣下に強く命じられたら、私は逆らえません。

 王家から閣下に何らかの働きかけがあるかもしれないのです。

 そんな事に成ったら、新たに助けた奴隷達はもちろん、何とか豊かに暮らせるようになった元貧民達が、また食うや食わずの生活に戻る事になります」


 ロレンツォは胸の痛みを我慢してマリアお嬢様を脅かした。

 普段なら絶対にできない事だが、マリアお嬢様から田舎に隠棲する、修道院入りすると言われたので、そんな事になるくらいならと、心を鬼にして口にした。


「……お義兄様ならお父様を抑える事など簡単なのではありませんか?

 これまで何の問題もなく抑えておられたではありませんか」


「マリアお嬢様の為なら、どのような事でも抑えて見せましょう。

 ですが、マリアお嬢様が世俗から離れて修道院に入られたとしたら、何が哀しくて愚かで身勝手な連中の為に働かなければいけないのでしょう?

 そんな苦しい思いをするよりは、修道院に入って心の平穏を目指します。

 それに、王家が何時還俗するか分からないお嬢様を見逃すはずがありません。

 必ず刺客を放ってきます。

 マリアお嬢様を護るためにも、何を言われようと、私も修道院に入ります」


 この後も義兄妹による激しく不毛な口喧嘩があった。

 だが、領民に苦しい思いをさせると分かっていて、強引に修道院入りできるマリアお嬢様ではない。


 その事はロレンツォも分かっている。

 だからこそ、ロレンツォはマリアお嬢様の事が大好きなのだ。


「分かりました、公爵家の当主にはなりませんが、城には残ります。

 その代わり、お義兄様も公爵代理を続けてください。

 お父様が暴走したり堕落したりしないように見張ってください」

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