第16話:回復
ロマンシア王国暦215年2月13日街道途中の村
「うっ、ううううう」
マリアお嬢様が目覚めようとしていた。
ロレンツォ達は、仮死状態のマリアお嬢様を護りながら領都を目指していた。
その途中、悪質な奴隷売買で莫大な富を築いていた、ポルキウス子爵の手先を公爵家の対する無礼で捕らえ、これまでの悪事を自白させて代官所に突き出した。
国王の権力を笠に好き勝手していたポルキウス子爵の手先は、その代官所の管内でもやりたい放題していたが、代官に対する賄賂はキッチリ送っていた。
そんな悪代官に奴隷商人を渡しても意味がないので、しかたなく真っ当な騎士団長の領地まで足を延ばし、その領地管理人、騎士団長の領地家宰に引き渡した。
もちろん収賄の罪で捕らえた悪代官と証拠も一緒に。
ロレンツォとしては、王国の佞臣である近臣派が勝ってくれたほうがいい。
愚かに襲ってきてくれた方が、王家を武力で滅ぼせる。
だが、不完全な良心が、忠義の騎士派に負けて欲しくないと痛むのだ。
騎士団長の領地に長居したら、騎士派が不利になってしまうので、悪代官と奴隷商人と証拠を置いて直ぐに領都に向かう旅に戻った。
ただ、生き証人である奴隷達は同行させた。
騎士団長領に残したら口封じされてしまう可能性が高い。
近臣派が騎士派に勝ったら、また奴隷にされて売られてしまう。
しかしこれは単なる言い訳である。
本当の理由は、奴隷商人の手先を殺した事をマリアお嬢様が知ってしまった時に、奴隷達に証言してもらい、お嬢様を哀しませないためだった。
奴隷達を助けた事で、ロレンツォの大きな悩みが解消された。
マリアお嬢様に目覚めて頂いても、嫌われる可能性が低くなった。
お嬢様をいつ仮死状態から回復させるのか迷わなくてよくなったのだ。
マリアお嬢様を目覚めさせても、腐れ王子の件を解決しておかなければ、また自殺という最悪の手段を選ばれてしまうかもしれない。
マリアお嬢様はお優し過ぎるので、世の中の多くの事で胸を痛められる。
例えば、マリアお嬢様の為に王家との敵対を選んだロレンツォに申し訳なさを感じて、胸を痛められるかもしれなかった。
だが、王の近臣が悪質な方法で奴隷を作り出し、莫大な利益を得ており、その金の一部が王子やエリザに流れていたと知られたら、考えを変えられるかもしれない。
ロレンツォが王家との対決を選んだのは、マリアお嬢様の為ではなく、王家の藩屏である公爵家の責任を全うするためだと、勘違いしてくれるかもしれない。
それに、不幸な奴隷達が領内にいれば、心優しいマリアお嬢様の事だから。彼らを助ける為に全力を尽くされる。
その間は王子やエルザの事を忘れてくださるかもしれない。
不幸な人達を助けるまでは、再び自殺を選ばれる事もなくなり、必要もない罪悪感を持たれる事もない。
ロレンツォはそんな事も期待していた。
「俺達は外に出ているから、マリアお嬢様の事は頼んだぞ」
「「「「「お任せください」」」」」
ロレンツォと側近はマリアお嬢様用の馬車から外に出た。
これまでは仮死状態にしていたから大丈夫だったが、回復させると生理現象が起きてしまうのだ。
摂食と排泄が必要なだけでなく、女性だけの生理現象も復活する。
男であるロレンツォ達がその場にいる事は許されない。
最初は領都まで仮死状態で移動してもらう心算だったロレンツォだが、時間が経つにつれて、ある心配が頭から離れなくなった。
それはマリアお嬢様の心の問題だけではなかった。
前世の記憶があり、それなりの医療知識もあるロレンツォには、寝たきりの状態が長く続くと、筋力が低下する事を知っていた。
全身の筋力が低下してしまうと、元の身体に戻すのがとても大変だ。
何より心配だったのは、寝たきりに伴う浮腫と床ずれだった。
床ずれは小まめに身体を動かす事で防げると分かっているが、本職の看護師や介護士が一生懸命管理しても、体質によっては避けようがないのも知っていた。
マリアお嬢様の身体に床ずれができてしまう。
ロレンツォには絶対に許せない事だった!
ロレンツォも頭では分かっているのだ。
猛毒の進行すら止めるのが仮死魔術だ。
現に間近に見てきマリアお嬢様は、あらゆる生理現象が停止している。
筋力低下も起きないだろうし、浮腫や床ずれも起きないだろう。
頭では大丈夫だと分かっていても、心配で胸が痛んでどうしようもない。
だから多数の奴隷を確保するという幸運に恵まれたのを機に、マリアお嬢様を仮死状態から回復させる事にしたのだ。
「マリアお嬢様への説明はどうされるのですか?」
「どうされる?
女性騎士達に説明しろと言っていたのを聞いていただろう?」
「他人任せにされて大丈夫なのですか?」
「お前も共に魔境に入った事のある女性騎士達だぞ。
実力性格共に間違いのないのは知っているだろう?
お嬢様を傷つける事も不安にさせる事もなく、現状を正しく伝えてくれるさ」
「マリアお嬢様を幼い頃からお世話してきた者達ですら、お嬢様よりも王家での栄達を優先したのですよ。
閣下が才能と忠節を認められた者達とは言え、閣下ほどマリアお嬢様の事を大切にしているとは思えません」
「……そうは言うが、男では世話できない事もあるから……」
「身の回りの細々とした事は、閣下が認められた者達ですから、安心して任されても良いと思います。
ですが、命にかかわるような事は、閣下がなされるべきです。
閣下の目が届かない所で、また自殺されるかもしれないのですよ!」
側近がロレンツォを脅かした。
ロレンツォを脅かす事で、死を賜るかもしれないのを覚悟して。
何故なら彼にはどうしても我慢できない事があった。
「……そうだな、王子の事や王家との事は、俺が直接話す方が良いだろう。
女性騎士達だけでなく、侍女達も同室させなければいけないが、できる限りマリアお嬢様の側を離れない方が良いな」
側近の覚悟は報われた。
彼は主君の憶病がどうしても我慢できなかった。
義兄として義妹を護るために全てを投げ打つ姿は、とても美しくみえる。
だが主君のそれは単なる憶病なのだ。
男としてマリアお嬢様を愛している事から目を背けているだけなのだ。
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