第10話:怒り心頭

ロマンシア王国暦215年2月5日王都ガッロ公爵邸


「ロレンツォ公爵代理閣下、王国騎士団がマンチーニ男爵家に押し入りました」


「ようやくか」


「はい、ようやく閣下の恐ろしさを理解したようでございます」


「それで、王はエリザをどう処分する気だ?」


「王城から漏れ聞こえる話では、王子の印章と便箋を勝手に使った罪で処刑するとの事でございます」


「男爵家は?」


「直系の血族は全員処刑。

 係累と関係者は奴隷落ちにしたうえで、鉱山送りにするようでございます」


「身代金による減刑はなしか?」


「今のところそのような話しは聞こえてきません」


「肝心のマルティクス王子の処分は?」


「本当に実行されているのかどうかは分かりませんが、北の塔に幽閉されたとの事でございますが、形だけかと思われます」


「幽閉程度の処分で許す気など毛頭ないが、その幽閉すら形だけだと言うのは、どのような理由でだ?」


「王城に務めている使用人でも、下級の者達から集めた噂話ですので、確かな話しとは申し上げられません」


「構わない、不確定の噂話でも判断の材料には使える」


「では申し上げさせていただきます。

 王子自身は北の塔から出られないようですが、数多くの家臣使用人が付き従い、普段と変わらない生活をしているとの事でございます」


「ふん、形だけの幽閉程度で俺の怒りが収まると本気で思っているようなら、思い知らせてやろうじゃないか」


「その方が宜しいと思われます。

 その形だけの幽閉も、直ぐに解除する気のようでございます」


「恩赦でも発布する気か?」


「はい、宰相以下の大臣共の家からも噂話を集めていますが、フェデリコ第2王子の結婚を理由に恩赦を発布すればいいと、王妃殿下が提案したそうでございます」


「フェデリコ王子か、どこかの国の第3王女か第4王女が婚約者だったか?」


「……それが、その方との結婚ではなく……」


「言い難いようだな、まさかとは思うが、マリアお嬢様をフェデリコと正妻に迎える事で、我が家の怒りを収めようなどと言っているのではないよな?」


「それが……」


「側妃か?!

 他国の王女を側妃に落とす訳にはいかないから、マリアお嬢様を側妃にすると言うのか!」


「王妃が言うには、1度婚約破棄という傷のついたマリアお嬢様では、もう真っ当な嫁ぎ先などないだろうから、側妃でも喜ぶだろうと……」


「それを、不当に婚約破棄した奴の母親が言うか!」


「宰相以下の大臣達はそろって反対したそうですが、王が認めたらしく……」


「もう王家の出方を見る必要などないな。

 王城を紅蓮の炎で燃やし尽くしてくれる!」


「閣下、まだ必ずそうなるとは決まっておりません。

 王妃が提案して王が認めただけで、宰相達は反対し続けております。

 王国から正式な通達が来るまでは、お待ちになられた方が良いと思われます。

 マリアお嬢様が目覚められた時に哀しまれるような事は……」


「……分かった、正式な通達前に事を起こしたら、マリアお嬢様に叱られるな」


「はい、人の善意を心から信じておられる方でございますから」


「マリアお嬢様を哀しませないようにする……

 何の罪もない王都の民を巻き込むわけにいかないな」


「はい、それと、王家に仕える家臣や使用人にも逃げる時間を与えられた方が良いと思われます」


「今回のマルティクスとエリザの悪行は広められたか?」


「はい、貧民街から平民街、商人街や職人街に至るまで、十分広まっております」


「今お前が話した、公爵家を馬鹿にした王家の言動も広めてくれ。

 同時に、俺が大魔術を使って王都を焼き滅ぼす気だと広めてくれ」


「承りました、今日中に主要な場所に噂話を広めておきます」


 ロレンツォは執務室を出ていく側近を黙って見送った。

 何か口にしたら、悪態がとめどなく出てきそうだった。

 

 ロレンツォは黙ったままストレージから魔晶石を取り出した。

 魔宝石とまでは言えない透明度だが、大陸のどこ国でも確実に国宝にされるくらい大きな魔晶石だった。


 そんな貴重な魔晶石であるうえに、ただの魔晶石ではない。

 中に細かい文字で魔法陣が積層に築かれている


 どういう方法で魔晶石の中に魔法陣を創ったのか分からない。

 少なくともロマンシア王国にそのような技術はない。


「その気になれば、魔力器官に溜めた魔力の一部を使うだけで王城など滅ぼせるが、俺がマリアお嬢様のためにやったと分かったら、哀しまれてしまう。

 ここは王家を恨む俺以外の誰かがやった事にした方が良い。

 王家を恨んでいる俺以外の奴にこの積層魔法陣を与えて……」


 ロレンツォは心を潰しそうなほど膨れ上がった怒りを誤魔化すために、わざと王家に対する報復方法を口に出した。


 口に出しながら、王家を恨んでいる奴をリストアップしていた。

 いや、マルティクス、王、王妃を殺す理由がある奴を思い出していた。


 マリアお嬢様が、この人なら3人を殺す理由がある、と勘違いしてしまう奴を思い出して、どのような方法で3人を殺させるか考えていた。


「あいつなら、3人を殺す理由が十分にある。

 マリアお嬢様も疑うことなく信じるだろう。

 問題は無能なあいつが失敗しないようにお膳立てする事と、俺が関係している事をマリアお嬢様の悟られない事だが……」

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