第42話:正義

ロマンシア王国暦215年7月25日:ロマンシア王国王都闘技場


「この世界に魔王を召喚して人類を滅ぼそうとした罪、許せません。

 この世界に生きる全ての人々に成り代わって成敗します」


「じゃかましいわ!

 女の分際で余に決闘を挑んだ事を後悔させてやる。

 ロレンツォ!

 マリアを殺したら本当に逃がしてくれるのだな?!」


「マリア大公殿下はお前のような腐れ外道とは違う!

 約束された事は必ず守られる」


「そうかよ、だったらお前の目の前でブチ殺してやる!」


 マリア大公は捕らえたヤコブと決闘する事にした。

 自分がロレンツォの傀儡ではない事を証明するために。

 いざとなったら誰の助けがなくても戦えると近隣諸国に知らしめるために。


 ただ、ロレンツォが手助けしないはずがなかった。

 いざとなれば即発魔術でヤコブを殺す用意はしてあった。

 そのような必要はないと確信しているが、念のためだった。


「その程度の腕で私を殺すなど、笑止!」


 マリアはそう言うと一撃でヤコブの首を刎ねた。

 フルプレートアーマーを装備して戦う騎士同士の決闘ではない。

 女大公と、王を僭称した元王子で犯罪者奴隷の戦いなのだ。


 マリア大公は、筋力ではヤコブに及ばない。

 だが素早さと技ではヤコブを圧倒している。

 だから軽装備のソフトレザーアーマーでの徒決闘にしたのだ。


 シュン!


 ロレンツォが魔力を付与した剣は、豆腐を斬るようにヤコブの首を斬った。

 ヤコブの首はポトリと闘技場に土の上に落ちた。


「勝者、マリア大公殿下!

 これで世界中の人々を脅かした僭王は討ち取られた」


「「「「「ウォオオオオオ!」」」」」


 上位魔族の頭が8つも飾られた闘技場に、王都の民の歓声が広がる。

 いつ殺されるか分からない恐怖から解放されたのだ。


 僭王や逆臣は成敗されたと言われても、目の前で証拠を見せてもらえないと心から安心出来ない。


 王都の民は、王侯貴族の身勝手さと嘘で塗り固められた公布を知っている。

 王侯貴族が罰せられたと言われても、実際には実行されなかったのを知っている。

 連続殺人で処刑されたはずの貴族がのうのうと生きていた事もある。


 だからこそ、王を僭称した王子が目の前で殺された事は衝撃だった。

 敵対していたとはいえ、王族を殺す事は滅多にない。

 普通は身代金を取って解放するのだ。


「これよりこの国はマリア大公殿下が治められる!」


「「「「「ウォオオオオオ!」」」」」


「今見たように、マリア大公殿下は武勇にも優れた方だ。

 もう2度とお前達を戦いに巻き込むことはない」


「「「「「ウォオオオオオ!」」」」」


 ロレンツォの言葉は、闘技場に集まった4万の超える王都の民の心をつかんだ。

 マリア大公殿下への信望を植え付けた。

 

 前日閲兵場でロレンツォの強さを目の当たりにした強制徴募兵達は、マリア大公よりもロレンツォを畏れるだろう。


 だが闘技場に集まった人々は、噂にだけ聞くロレンツォよりも、目の前で僭王の首を刎ねたマリア大公殿下の強さの方が印象に残る。


 闘技場に飾られた高位魔族の首8つも、マリア大公殿下が刎ねたように思い込んでしまうのだ。


「殿下、この機会を逃さずロマンシア王国の王に戴冠していただきます。

 近隣諸国に和平条約締結を呼びかけ、戴冠式への参加を打診します」


「そう簡単に侵攻を諦めてくれるでしょうか?」


 マリア大公は聞きながらも諦めていた。

 ロレンツォが近隣諸国に送り込んでいる密偵からの情報では、どの国にも欲に目が眩んだ王族や有力貴族が多い。


「今回の魔王召喚阻止と高位魔族討伐の噂が何処まで広まるかによります。

 噂が広まるように、殿下に協力していただきましたし、広めるように努力しておりますが、愚か者は、自分に都合の良いように真実を曲解します」


「大きな影響力を持つのはポンポニウス王国ですね」


「はい、ロマンシア王国の王位を正当に継承できる血脈です。

 彼らが殿下の戴冠を認めてくれれば、他の国々も強くは出られません。

 もしくは、攻め込んできたところを徹底的に叩くかです」


「後は行方の分からなくなっているマルティクスですね。

 1日でも早く探し出して殺してしまわなければなりません」


「申し訳ありません。

 国内外の密偵を総動員し、高額な賞金もかけているのですが、未だ行方を探し出せません」


「私もやりたくないですが、ここはやるしかないのではありませんか?」


「密告の奨励でございますか?」


「はい、一連の騒動で爵位や士族位を失った者達に、マルティクスの居場所を通告する事で、地位も財産も領地も元通りにしてあげる。

 そう布告すれば、マルティクスに協力している者達が密告するでしょう?」


「地位と財産を返すのはかまわないと思います。

 ですが領地はお止めください。

 復権させた連中が悪政をしてしまうと、苦しめられた民が殿下を恨みます

 領地収入に見合う現金を渡すと布告されてください」


「賛成してくれるのですか?

 諫言されると思っていたのですが?」


「あのような連中です。

 最初は大人しくしているでしょうが、直ぐに本性を現します。

 悪事を働いたら即座に処刑してしまえばいいだけです」


「……ロレンツォらしいですね」

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