第41話:成敗

ロマンシア王国暦215年7月24日:ロマンシア王国王都


 王都の人々が集められたには、王城でも内郭、王が出陣する騎士団に言葉をかける、とても名誉のある閲兵場だった。


 だが今回は非常識極まる状態だった。

 普通なら絶対に王との謁見が叶わない、平民の強制徴募兵が集められていた。


 閲兵場の中央部には、禍々しい魔法陣が大きく描かれている。

 その中に1万人を越える強制徴募兵が集められている。

 周囲には完全武装したヤコブ僭王の私兵集団と、異様な服装の集団がいる。


「これで余が地上最強になれるのだな?!」


 本質は小心でしかないヤコブ僭王は怖かった。

 だからつい確認してしまうのだ。


「さようでございます。

 陛下の身体に魔王様が降臨されるのです」


 ヤコブの側近として長年仕えてきた老侍従が答える。

 だがその服装は侍従服ではない。

 人の血で真っ赤に染められた魔術服を着ている。


「本当に魔王を余の意のままに動かせるのだな? 

 余の身体が乗っ取られるような事はないのだな?!」


 小心なヤコブは長年仕えてくれた侍従、爺やの言う事も信じきれなかった。

 自分のために魔王を召喚するのではなく、魔王のために自分が生贄にされる。

 その疑いを払しょくできないでいた。


「何の心配もいらないわ、安心しなさい。

 貴男を身ごもる前から、この日に備えて準備してきたの。

 魔王であろうと貴男の身体を乗っ取ることはできないのよ」


 そんなヤコブを実の母親が説得する。

 ヤコブを王位につける為に、王妃や側妃、自分以外の愛妾を妊娠でき無くしたり、生まれてきた王子王女を毒殺したりしてきた悪女だ。


「分かりました、母上。

 やれ、今直ぐ余をこの世界を統べる帝王にするのだ!」


「はっ、殺せ、皆殺しにしろ!」


 ヤコブの野望、王を弑逆する計画に集まるような弱小貴族や士族だ。

 平民を殺す事に罪悪感など抱かない。


 まして邪法集団が躊躇するはずもない。

 魔術が使える者は、1番血が流れる大規模風攻撃魔術を発動しようとした。

 多くの者は剣を抜いて平民の強制徴募兵を斬り殺そうとした。


「「「「「ギャアアアアア!」」」」」


「邪悪な者共に好き勝手させるガッロ大公国ではない。

 マリア大公殿下の命により、民の命を奪って魔王を召喚しようとした、世界の敵を討ち果たす!」


 ロレンツォは、あらゆる機会を利用してマリア大公殿下の名声を高める気だった。

 ロマンシア王国内での名声だけでなく、大陸全土に名声を広げる気だ。

 世界の敵を討ち果たした功績で、近隣諸国の侵攻を防ぐ気なのだ。


「おのれ、公爵家の養子程度が、王となった余の覇道を阻むと言うのか?!

 やれ、何を愚図愚図している?

 さっさと殺してしまえ!」


 ヤコブの命令は無理難題でしかなかった。

 千槍万剣火によってヤコブの私兵達は皆殺しになっていた。


 ロレンツォが火の魔術を使ったのは、敵の血を流す事で邪悪な魔法陣が発動しないように、血液を蒸発させるためだ。


 魔術の威力と敵の数を考えれば、全滅させられていたはずだった。

 ところが、邪法を使って防御力の高い装備を作っていた連中は生き延びていた。

 数は10にも満たなかったが、ある意味、さすが邪法使いとも言えた。


「ここまできて魔王様の降臨に失敗するわけにはいかん。

 魔族に身体を乗っ取られるのは残念だが、失敗するよりはいい。

 今こそ魔王様のためにこの身を捧げるのだ!」


「「「「「おう!」」」」


 生き残っていた8人の邪法使いが決死の覚悟を示した。

 自ら心臓に魔法陣を刻んだ短剣を突き刺した。

 その姿を見たヤコブの母親、パオラは素早く逃げ出した。


「「「「「ギャアアアアア」」」」」


 絶叫と共に8人の身体が弾け飛び、中から魔族が現れた。

 焼け殺されて倒れている私兵集団の身体を取り込み巨大化していく。

 魔族1魔に1000人の私兵が割り当てられる。


「愚かな人間、魔族に勝てるとでも思っているのか?!」


 魔族の中でもリーダー格と思われる奴が嘲るように話しかけてくる。

 ロレンツォなら魔族が遺体を吸収する間に先制攻撃ができたはずだ。


 それをしなかったのは、民に魔族の強大さを見せつける為だが、同時に魔族を超える自分の強さを見せつける為でもあった。


 魔族を超える自分がマリア大公殿下に仕えていると知らしめる為だった。

 近隣諸国が余計な戦いを仕掛けてこないように脅すのだ。


「ああ、勝てると思っている。

 魔族であろうと魔王であろうと、マリア大公殿下に逆らう奴は許さない。

 マリア大公殿下の民を害させない。

 さっさと死に腐れ、千槍万剣破魔炎」


 ロレンツォが呪文を唱えると、その周りに青い炎でできた千の槍と万の剣が現れ、そのまま8体の魔族に降り注いだ。


「ふん、人間程度の魔術が高位魔族に通用するとでも思っているのか?!」


「「「「「ギャアアアアア」」」」」


 人間の魔術など完全に防ぐはずの、魔族の防御魔術が簡単に打ち破られる。

 魔族の身体は、人間ごときに魔術や物理攻撃では傷1つけられないはずなのに、いとも簡単に深々と浄化されて消滅する。


「やらせん、人間ごときにやらせんぞ!」

「「「「「十嵐百蛇呪!」」」」」


 8体の魔族が同じ魔術を使った。

 10のレベル7魔術と100のレベル6魔術を同時発動させる。

 高位魔族にしか使えない最凶魔術だ。


「その程度の魔術で俺の魔術を防げると思うな!

 経験値の差が大きいと、同じレベルの魔術でも破壊力が違う。

 高位魔族のレベル7魔術程度で、俺のレベル4魔術に勝てるモノかよ!」


 ロレンツォの言葉通りだった。

 普通なら1つだけで王城を破壊できるような高位魔族の嵐魔術が、ロレンツォの剣魔術で簡単に霧散される。


 1つで1つの魔術を相殺できるなら、残された魔術は高位魔族に殺到する。

 少なくてもロレンツォの魔術を千は相殺できると思っていた高位魔族にとっては、取り返しのつかない誤算だった。


「「「「「ギャアアアアア」」」」」


 闘技場には巨大な上位魔族の頭だけが残されていた。

 8体の魔族は、頭以外の骨の1欠片、細胞の1つ、血の一滴も残さずに消滅した。


「ヤコブ僭王、国を奪おうとしただけでなく、この世界に魔王を召喚しようとした大逆、償ってもらうぞ!」

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