第40話:緊急事態

ロマンシア王国暦215年7月24日:ロマンシア王国王都


「殿下、閣下、王都で平民が集められているそうです」


 各地から集まる伝書鳥や旗振り通信、騎馬伝令の情報を纏めて分析する、情報分析官の1人が慌てて報告にやってきた。


 マリア大公とロレンツォ宰相が最も危険視していた情報、生贄を使って魔族や魔王を召喚し、人間に宿らせる邪法の気配。

 それが、事もあろうに王都で起きたのだ。


「何かの間違いではありませんか?

 邪法を使ったのはマルティクスです。

 マルティクスを殺そうとしたヤコブが使うとは思えません。

 それとも、殺し合ったように見せかけただけで、本当は協力していたのですか?」


「その可能性もありますが、愚かで身勝手なマルティクスと、密かに動いていたヤコブ、その2人を裏から同時に操っていた可能性もあります」


「そうですね、邪法を研究して魔族や魔王を召喚しようとするような連中でしたね。

 邪法集団なら、王子同士を争わせて生贄を増やそうとして当然でした」


「ただ、殿下の親征を恐れて平民を動員した可能性もあります。

 その場合は、以前も申し上げましたが、何の心配もありません」


「そうは言っても、最悪に備えなければいけないのでしょう?

 だったら今直ぐ出陣しなければいけませんが、王都までは遠すぎます。

 前回のように、辿り着いたら全てが終わってしまっていた。

 そのような事になっては悔やんでも悔やみきれません。

 宰相、貴男だけなら今直ぐ王都に飛べるのではありませんか?」


「飛ぶのとは違いますが、その気になれば今直ぐ王都に行けます。

 

「貴男だけですか?

 私や護衛は一緒に行けませんか?」


「やってやれない事ではありませんが、大量の魔力を消費してしまいます。

 邪法集団と戦うかもしれないのに、余計な魔力の消費は避けたいです」


「そうですか、魔力を大量に消費してしまうのですか。

 だったら貴男が決めてください。

 私をここに残していく方が安全なのか、連れて行く方が安全なのか」


 マリア大公は、最近になってようやく自分とロレンツォの性格が分かりだした。

 この歳になるまで自分の性格を知らないと言うのは可笑しいかもしれないが、これまでは公爵令嬢であることと将来の王妃である事を強制されてきた。


 本人の性質や能力など完全に無視して、愚かなマルティクスを支える存在になるように、洗脳ともいえる教育をされてきた。

 自分の事を見つめる余裕も必要もなかった。


 それはロレンツォに対しても同じだった。

 いや、苦しい状況であったからこそ、ロレンツォの性質や能力など考えもしないで、全面的に甘え頼ってきた。


 自分で考えるようになって初めて、ロレンツォの性質や能力を見極めて、無理を言い過ぎないように気をつけ出したのだ。


 だから、このようなケースでは何を言っても無駄だと分かっていた。

 ロレンツォは、無理や不利など無視してマリアの安全を優先すると理解していた。


「分かりました、護衛騎士と戦闘侍女、側仕えの侍女を200人ほど連れて行きましょう。

 他国の紐がついている傭兵団や冒険者達は、騎士団の団長達に任せます。

 急いで準備させます」


 信用できない者に情報がもれないように、密かに、だが急いで準備された。

 ロレンツォがマリア大公のために集めた人材だから、常在戦場を心掛けている。

 まして今は本当に親征の途中なのだ、側仕え達は直ぐに集まった。


 非常識なロレンツォは、ベルナルディ城の奥区画にある1番大きな部屋に、亜竜の1枚革で作った魔法陣を広げた。

 その10m四方級の竜革には魔法陣が描かれていた。


 正確な魔法陣を描くためには1枚物の皮が必要だが、10m四方級など、誰1人見た事がない。


 そんな皮が取れる魔獣がどれほど強大な存在なのかは、多少でも知識の有る者なら直ぐに分かる事だった。


 まして失伝しているはずの転移魔術を描けるほど強靭で魔力を貯められる皮が、竜種なのはここにいる者なら分かる事だった。


 だから全員が硬直していた。

 以前からロレンツォの事を規格外だと思っていたが、改めて思い知らされた。

 軽々と竜を狩ってしまい、伝説の魔術まで再現するバケモノ。


「最初は親衛騎士100人を俺と一緒に王都に送る。

 場所は密偵が営んでいる宿の地下室だ。

 俺が親父に話を通すから、部屋があればそこに入ってもらう。

 なければ1階の食堂で待っていてもらう。

 大公殿下の安全を確保してもらう、いいな?」


「「「「「はっ」」」」」


 3回に分けて行われた200人規模の転移魔術は、何事もなく成功した。

 ロレンツォが王都に設けておいた密偵の拠点は幾つもあるが、人の出入りが多くても疑われない宿屋や食堂、酒屋や武器屋が多かった。


 今回は200人もの大所帯なので、宿屋以外に選択肢はなかった。

 常にロレンツォや大公国からの伝令が来る可能性があるので、最高級の部屋は人を入れない事になっていた。


「親父、多くの客を連れてきた。

 何時もの部屋は俺以外の方が使う。

 他の空き室は雑魚寝でいい。

 他に影響があってはならない。

 しばらくは他の拠点との行き来を止めろ」


「閣下、申し訳ありませんが、その命令には従えません。

 多くの民が、強制徴募という名目で集められていますが、実際には、以前お知らせ頂いた生贄のためだと思われます。

 王都の密偵が総力を挙げ魔法陣の場所を探っております。

 ここで行き来を止める訳にはいきません」


 ロレンツォは常に最悪の状況に備えていた。

 邪法集団が自分よりも優れている可能性も考えていた。

 まずありえない事だが、何かの部分だけ突出している可能性はある。


 その時、宿屋が敵に知られてしまっても、他の密偵拠点が露見してしまわないように、拠点間の行き来を止めさせようとしたのだが、密偵達も漢だった。


「殿下、事は一刻を争うようです。

 私が王城に行ってまいりますので、殿下はここでお待ちください」

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