第39話:末路

ロマンシア王国暦215年7月21日:ベルナルディ伯爵領・領都・領城


 ルーカ王の遺体がベルナルディ伯爵領に届けられた翌日、ベルナルディ元伯爵親子は代々治めていた領地から逃げるように出て行った。


 王を追い出した事が弑逆だと指摘され、居たたまれなくなったのだ。

 反論したくても反論できなかったのだ。


 実際問題、既に王が平民に殺されてしまっている。

 何をどう言い訳しようとも聞いてもらえない事は、少なくとも父親の方は理解していた。


 ベルナルディ一族の思い描いていた未来は根本から吹き飛んだ。

 マリア大公の仕えるのは勿論、どの国の王家も召し抱えてはくれない。


 これが領地と城を持ち、ある程度以上の戦力があれば、王を弑逆するような奴でも、利用価値があると臣従を認める王家はある。


 だが、領地も城も持たず、代々仕えていた騎士や徒士のほとんどに去られて、戦力も持たない、主殺しの元貴族を召し抱える王家はない。


 いや、貴族ではなく、圧倒的な戦闘力を持つ自由騎士と考えても、召し抱える貴族はいないだろう。


 いつ主人を殺すか分からない豪勇の騎士など怖くて召し抱えられない。

 それは傭兵となっても同じだった。


 何時領地や城を奪うか分からない傭兵など怖くて雇えない。

 ベルナルディ一族に残された道は、武器を捨てて平民として生きるか、武器を持ったまま平民冒険者として生きるかだけだった。


「殿下、閣下、ルーカを殺した平民の言った事は嘘でした。

 村近くの街道で休んでいたルーカを、村人総出で襲って殺したそうです。

 村の家々にルーカから奪った宝飾品がありました」


「そうか、生きたまま捕らえてくれたか?」


 ロレンツォは、マリア大公が汚れ仕事をしなくてもいいように前に出た。

 極力マリア大公を前に出そうとしている、普段の行動とは正反対だった。


「はい、新たなご指示に従い、殺さず生かして捕らえました」


 当初ロレンツォは、冤罪や黒幕の取り逃がしを恐れ、時間をかけて徹底した取り調べはするが、王殺しをしていたら自分達の手で処刑する気だった。

 家臣達にもそのように指示していた。


 だが、その考えを改めたのは、外交上の問題だった。

 ルーカが殺されたのだ。

 王が平民に殺されてしまったのだ。


 濃い血縁であるポンポニウス王国は必ず報復の軍を侵攻させて来る。

 平民の蜂起を恐れている近隣諸国も必ず攻め込んで来る。

 自分達の地位と命を守るためには、平民が王を殺す前例は絶対に見過ごせない。


 戦争が始まってしまったら、敵味方に多数の死傷者がでる。

 最近は大公らしく振舞われるマリアお嬢様だが、その本性はとても優しい。

 マリア大公の精神的な負担を考えれば、やらずにすむ戦争なら避けた方が良い。


 だから以前考えていた遺体と国宝の移送だけでなく、犯人達も生きたままポンポニウス王国に引き渡す事にしたのだ。


「護衛にはポンポニウス王国からやってきた傭兵や冒険者をつけろ。

 指揮や中枢は我が家の者を使うが、主力はポンポニウス王国人にしろ」


「承りました」


 ルーカの遺体、国宝、犯人。

 国内の勢力に奪われるわけにはいかない。

 もちろんポンポニウス王国以外の近隣諸国に奪われるわけにもいかない。


 裏切る事を前提に雇っている、近隣諸国の傭兵団などに護衛はさせられない。

 だからといって自国の戦力を割き過ぎると、マリア大公が安心して使える戦力が激減してしまう。


 そこでほとんど全ての兵力をポンポニウス王国人で編制するのだ。

 自分の国に移送される貴重なモノを自分達で奪っても、上司に怒られるだけだ。

 まして他国の勢力に奪われでもしたら……処刑間違いなしだ。


「宰相、こうなると、マルティクスとヤコブも急いで殺さなければいけませんね」


「はい、彼らが生きている限り、ルーカの仇だと言い立てて、ロマンシア王国に攻め込む国が現れます」


「ヤコブは王都に籠っていますから、宰相がその気になれば、何時でも捕らえられるのですよね?」


「何時でもというのは少々言い過ぎですが、可能です」


「問題はマルティクスですが、まだどこにいるのか分からないのですね?」


「八方手を尽くして探しているのですが、未だに何処にいるのか分かりません。

 恐らくですが、大きな勢力を誇る平民組織に匿われていると思われます」


「平民が住む所に邪法集団の拠点があると言うのですか?」


「はい、大公国の密偵の目を掻い潜れるくらいの団結力を持つ、恐ろしい組織が平民居住地域に拠点を持っていると思われます」


「邪法とは言え魔術を使う者達です。

 貴族や士族の間に勢力を持っている事はありませんか?

 魔術関係の組織やサロンに潜んでいる可能性はありませんか?」


 マリア大公も答えは分かっているのだが、念のために確認する。


「絶対にないとは言えませんが、あれほど狡猾な連中です。

 真っ先に調べられる魔術関係の組織やサロンに証拠は残していないでしょう」


「所属している事は確定ですか?」


「魔力を持ち魔術が使えるのに、全く使わずに生きていくのは難しいです。

 邪法は闇に紛れて研究するでしょうが、便利で豊かな生活をするためにも、邪法の研究資金を集める為にも、表の組織やサロンに所属しているはずです」


「所属しているのに、私達の調べから逃れているのですね?」


「恐らくは」


「強敵ですね」


「はい」


「では、やれる事からやるしかありませんね」


「はい」


「では、王都にいるヤコブの討伐から始めましょう。

 何時から始められますか?」


「ルーカの遺体は、明日にはポンポニウス王国に出発させられます。

 他の近隣諸国が送り込んできた連中が、行軍から抜け出して追いかけないようにするには、この場に3日は留まる必要があります。

 4日後には王都に向けて出陣できるでしょう。

 それまでは、全ての傭兵団や冒険者クランを、この城の中に閉じ込めておく必要があります」


「分かりました、4日後に出陣する心算で準備しておきます」

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