第38話:野垂死

ロマンシア王国暦215年7月16日:ベルナルディ伯爵領・領都・領城


「殿下、閣下、ルーカ王の死体が持ち込まれました!」


 愚かなベルナルディ伯爵親子と決闘してから5日後、ロレンツォはある程度予想していたが、本当にルーカ王の遺体が持ち込まれた。


「なんですって?!」


 マリア大公は余りの事に高い声を出してしまった。


「持ち込んだのは貴族士族か?

 それとも平民か?」


 ロレンツォは普段と全く変わらなかった。


「平民でございます。

 村の女を襲う者を殺したら、王だったので運んできたと言っております」


 報告をする家臣は半信半疑なのだろう。

 最後の方は自信なさげに報告してくる。


「本当だと思いますか?」


「殿下が思っておられる通り、どちらの可能性もあります」


 最初は驚きのあまり冷静に考えられなかったマリア大公だったが、ロレンツォが家臣に問い質している間に心を落ち着かせ、色々と考える事ができた。


 2人が考えた可能性は、平民が言う通り、ルーカが本当に女を襲った場合だ。

 いや、女だけでなく、寝る場所も食べる物も平民に命じて用意させただろう。


 王を名乗ったかどうかは分からないが、ルーカから見れば、平民など自分達王侯貴族に奉仕するためだけの存在だ。


 夫の居る女だろうが、婚約者の居る未婚の乙女だろう、自分の欲望のままに襲い獣欲を満たした事だろう。


 飢えた者の唯一の食糧であっても、奪えば明日平民が餓死すると分かっていても、何の躊躇いもなく奪って食べてしまう。

 それが普通に生まれ育った王侯貴族の考え方であり、行動なのだ。


 だがこれは可能性の1つでしかない。

 もう1つの可能性は、平民が金品を奪うために、何もしていない王を殺した事だ。

 従者の1人もいない、国宝級の品々で身を飾った貴族らしい人間。


 普通の状態なら独りでも平民が襲う事はない。

 襲って金品を奪えても、直ぐに討伐軍がやって来て村ごと皆殺しにされる。

 だが、今のような内戦状態では、討伐軍が来ない可能性が高い。


 マリア大公軍が国内を席巻し、貴族士族から土地と城を奪っている。

 生き残った貴族士族は持てるだけの金品を身に付けて逃げている。

 そんな連中を殺しても、報復される心配はない。


 それだけでなく、殺した遺体を持っていけば家臣にしてもらえるかもしれない。

 家臣は無理でも、褒美をもらえるかもしれない。

 そう考えて、俗に言う落ち騎士狩りを積極的にやる村があるのだ。


「殿下、我々が平民に会っていけません。

 そのような事をすれば、占領地の治安が一気に悪くなってしまいます」


「分かっています。

 私達が追放刑で許した人間を、民が勝手に殺す事は許されません」


 マリア大公は、視線をロレンツォから報告に来た家臣に変えた。


「ルーカの死体を持ち込んだ平民を徹底的に調べなさい。

 本当に女が襲われた故の殺害ならば、罪は問わず放免します。

 ですが、金品を奪うのが目的の殺害でしたら、処刑します。

 間違いがないように、徹底的に調べなさい。

 急ぐことはありません、間違わないように時間をかけて調べなさい」


「はっ!」


「待て、その平民の村にも調査部隊を派遣しろ。

 来たのはその平民だが、指揮した者が違う場合がある。

 黒幕を逃す訳にはいかない」


「はっ!」


 ロレンツォがマリアの見落としをフォローしたので、マリアは自分ができる事を再開する事にした。


 本国からの報告書に加えて、支配下に置いたロマンシア王国からも、山のような報告書がやってくるのだ。


 1度ロレンツォが目を通してくれてはいるが、マリアも大公として、間違いがないか確認してサインしなければならない。


 マリア大公とロレンツォ宰相が日常の業務に戻って1時間ほど経った頃。


「謁見を願う、マリア大公殿下かロレンツォ宰相に謁見を願う。

 ルーカ王陛下が殺されたと言うのは本当か?!」


 まだ持ち出す私財の整理ができないばかりか、運ぶための手段すら用意できないベルナルディ元伯爵が、とんでもない大声を出しながら執務室に近づいてきた。


「殿下、私が相手をしますので、殿下はこのまま政務を続けてください」


「分かりました、任せましたよ」


「御意」


「ベルナルディ元伯爵を応接間に案内してやれ」


 ロレンツォ宰相の言葉で、ベルナルディ元伯爵ヴァレリオは殺されずにすんだ。

 ベルナルディ元伯爵と敬称で呼ぶ事で、ある程度の敬意を持って扱うようにと命じているのだ。


 これがヴァレリオを呼んだなら、平民として対応しろと命じた事になる。

 もっとも、配下の誤解を無くしたいロレンツォなら、中途半端な言葉は使わず、不敬罪で殺せと命じていた事だろう。


「何の用だ?!

 今のお前は無位無官、城に入った時点で殺されても文句は言えんのだぞ!」


 ロレンツォは、部屋に入るなり、全ての礼儀作法をはぶいて、士族用の応接室で待っていたヴァレリオに言い放った。


 ようやく自分の立場を思いだしたヴァレリオは、湧き上がる怒りをぐっと飲みこみ、敬意をもって話しだした。


「宰相閣下にお時間を取らせてしまい、お詫びのしようもございません。

 しかしながら、これでも長年王家王国に仕えた身です。

 王が平民に殺されたと聞いて、黙っている訳にはまりません」


「平民に殺された?

 自分の罪を棚に上げて、いや、自分の罪を平民に擦り付けるのは止めろ!」


「な、私の罪ですと?!」


「お前はどれだけ馬鹿なのだ?

 それとも、分かっていて罪悪感から逃げる為に難癖をつけているのか?」


「何を言っておられるのか全く分かりません」


「護衛どころか従者の1人もいない王を、内戦が激化しているのに城から追いだしたのだぞ、殺す気だったに決まっているだろうが!」


「なっ!

 そんな心算はなかった!

 王を殺す気などなかった!」


「ふん!

 誰がそんな大嘘を信じる?

 これでお前達ベルナルディ一族は主殺しに凶状持ちになった。

 言い訳をしたいのなら、殿下や俺でなくグレタやジュリアにしろ!

 殿下も俺も、お前達やロマンシア王家と違って礼節を知っている。

 遺体の損傷を直し、奪われた国宝を奪還してポンポニウス王国に送り届ける。

 どうしても詫びたいのなら、その使節についてポンポニウス王国に行け!」

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