第37話:猪騎士

ロマンシア王国暦215年7月11日:ベルナルディ伯爵領・領都・闘技場


「決闘に応じてくれた事には感謝する。

 だが、だからといって、手は抜かんぞ。

 完膚なきまで叩きのめして、騎士の強さを見せてやる」


 マリア大公とロレンツォ宰相は、ベルナルディ伯爵領の手前にあるロマンシア王国領は全て平定したので、後回しにしていた決闘に応じる事にした。


「カルロ、口喧嘩など騎士のする事ではないだろう。

 口上だと言うのなら、もう少し騎士らしい品のある言葉を使え。

 子供の口喧嘩のような程度の低い事は言わずに、さっさとかかってこい」


 ロレンツォ宰相は面倒くさそうにカルロに言った。

 決闘の場なので、宰相としての丁寧な言葉遣いではなく、武人や冒険者らしいぞんざいな言葉遣いになっている。


 ベルナルディ氏族は、代々武官として王家に仕える誇り高き一族だ。

 ただ、燃えるような赤い髪と瞳がベルナルディ氏族の暑苦しさを表している。


「おのれ、騎士の口上すらまともに聞けないのか!」


 怒りを露にしたカルロが馬に拍車を入れて突撃してきた。

 騎士が誇りを賭けて行う馬上槍試合、ジョストは勢いが大切だ。

 馬の突進力があるからこそ槍が破壊力を持つのだ。


 ロレンツォ宰相のようにその場に止まっていては絶対に勝てない。

 カルロはロレンツォ宰相の舐めた態度に激怒していた。

 本気で殺そうと、さらに拍車をかけて馬を突進させた。


 グッワッシャ―


 勝負は一瞬でついてしまった。

 馬を潰しかねない勢いで突進させて、圧倒的に有利だと思われたカルロが、突き出したランスを軽々と避けられたばかりか、逆にランスの突きを受けてしまったのだ。


 更にカルロにとって屈辱的だったのは、自分はロレンツォ殺す気だったのに、ロレンツォから手加減された事だった。


「この程度で一騎打ちを望んだのか?

 領主の息子だから仕方がないのかもしれないが、手加減してくれる相手とだけ戦っていたら、強くはなれないぞ。

 お山の大将でいたいのなら、これまで通りわざと負けてくれる家臣や父親の部下だけと遊んでいろ。

 俺は色々と忙しいのだ。

 お前のような奴を相手にする時間があるなら、民の幸せのために政務をした方が国のためになる。

 もう2度と実力も弁えずに恥知らずな決闘を申し込むな」


 そう言われても反論もできない圧倒的な実力差だった。

 期待して観ていたベルナルディ伯爵家の家臣や領民が、あまりの事に息を飲んで固まってしまっている。


「そうは言っても、決闘の条件だから嫌でも仕方がない。

 大公国に召し抱えてやる。

 だがそのままでは使い物にならないから、我が国の騎士団で鍛え直してやる。

 だが、その程度の腕では正騎士にはできない。

 従騎士として武芸だけでなく礼儀作法もやり直せ。

 ベルナルディ伯爵、貴男はどうする?

 恥の上塗りになると思ったら、決闘を中止してもいいのだぞ?」


「……とても勝てるとは思えないが、自分から決闘を申し込んでおいて逃げたら、負ける以上の大恥をかく事になる」


「そうか、だったら相手をさせてもらおうか」


「参る、うりゃあアアアア!」


 ベルナルディ伯爵も馬を潰す勢いで突進させる。

 息子同様、細かな駆け引きや技で勝負するタイプではない。

 剛力と勢いで敵を圧倒するのが、ベルナルディ伯爵家代々の戦い方だ。


 グッワッシャ―


 だが、そのような猪突な攻撃がロレンツォに通用するはずがない。

 息子のカルロと全く同じようにチャージを避けられ、カウンターを右肩に受けて吹き飛び、長々と倒れる事になる。


「息子よりは少しはましと言いたいところですが、全く同じだな。

 とてもではないですが、この程度では我が家の正騎士にはさせられん。

 この勝負で領地も城も私財も全て俺のモノになった。

 身1つで放り出して、民から略奪でもしたら、大公閣下の責任にされかねん。

 仕方がないから、貴男も従騎士として迎え入れえやる」


 ロマンシア王国で勇猛果敢をうたわれ、騎士団長の中でも1席を占めていた猛者が、情けなさ過ぎる結末だった。


 文句や泣き言の1つも口にしたいところだが、半死半生で地に横たわる状態では、何を言われても黙って受け入れるしかない。


「ヒール、ヒール」


 ロレンツォは、ベルナルディ伯爵とカルロに治癒魔術をかけた。

 最も低いレベルの治癒魔術だが、桁外れのロレンツォが使うととんでもない回復力を発揮する事になる。


 低レベル治癒術師が使うヒールだと、外傷は塞がるが骨折は繋がらない事が多い。

 かなりの高レベル治癒術師がハイヒールを使っても、大きくずれてしまった骨折や粉砕骨折した骨は繋がっても大きくずれて治る。


 開放骨折に至っては、折れた骨先は治るが、骨同士は繋がらない。

 治った皮膚や肉から骨が突き出した状態になる。

 早い話が、治っても元通りには使えない。


 骨折した場所が悪いと、関節としては機能しなくなってしまう。

 命は助かっても、騎士や戦士としては死んだも同然になる。


 それなのに、ロレンツォは使った低レベル回復魔術のヒールは、使い手がいないと言われているパーフェクト・ヒールのように、粉砕骨折を完治させている。

 粉々になった骨が勝手にもどの場所に戻って元通りになっている。


「これは?!」


 ベルナルディ伯爵は心から驚いていた。

 いや、余りの実力差に圧倒されて打ちひしがれていた。

 だがそれは、ロレンツォの実力を受け入れた証拠でもあった。


「うそだ、うそだ、しんじられない、俺は絶対に信じないぞ!」


 だが、息子のカルロは受け入れられなかった。

 若いと言う事もあるが、自己評価が高すぎる性格なのだ。


 もっと悪く言えば、相手の実力を認めて努力するのではなく、自分を過大評価して自己満足するところが見受けられた。


 ルーカ王やマルティクス第1王子の事を非難していたが、自分もそれと似たような人間だったという、全く笑えない状況だった。


「ふん、これではルーカやマルティクスと同じだな。

 このまま放りだして民から略奪するようだと大公殿下の評判に係わる。

 だからといって、このまま召し抱えて何かしでかしても殿下の評判に係わる。

 ベルナルディ元伯爵、先ほどは親子揃って従騎士として召し抱えると言ったが、こんな身勝手な馬鹿は、とてもではないが召し抱えられない。

 決闘の約束通り、領地と城は接収するが、私財は返してやる。

 ルーカの後を追うなり他の国に行くなり好きにしろ」


「そんな、負けたら家臣に迎えてくれるはずでは!?」


「おまえ、ルーカを身勝手だと言って追い出しておいて、よくそんな事が言えるな!

 今自分の息子が言った事が聞こえていなかったのか?

 こんな奴を大公家に迎えたら恥だと言ったのも聞こえていなかったのか?

 何ならもう1度決闘をして殺してやってもいいんだぞ?!」


「くっ、分かりました。

 出来が悪いとは言っても実の息子です。

 放り出して犯罪者にするわけにもいきません。

 私が側について性根を叩き直します」


「君の努力が報われる事を願っているよ。

 少なくともルーカの愛情は伝わらず、マルティクスはああなった」


 ロレンツォがそう言うと、ベルナルディ元伯爵は真剣な表情で押し黙った。

 カルロも悪態をつくのを止めて表情を歪めている。

 ばつが悪いと思う気持ちがあるのなら、矯正できるかもしれないのだが……

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