第36話:遠き隣国の出来事

ロマンシア王国暦215年7月11日:ロマンシア王国占領地


 ベルナルディ伯爵ヴァレリオと嫡男のカルロからロレンツォに、領地を忠誠を賭けた決闘願いが届けられた。


 決闘願いには、逃げ込んできていた王を追放したと書かれていた。

 マリア大公とロレンツォ宰相は、放っていた密偵に確認しただけでなく、新たな密偵も送って重点的に調査させた。


 調査結果が明らかになるまでは、着実に支配領域を広げていった。

 心の中に叛意を隠している者は、どれほど阿諛追従を口にしても許さなかった。

 ただ殺すのではなく、労働力として死ぬまで利用しようとした。


 マリア大公とロレンツォ宰相が厳しく対応したのは貴族や士族だけではない。

 罪を犯していた平民にも無用な情けはかけなかった。


 被害者やその家族から見れば、どのような言い訳をしようと犯罪だ。

 受けた被害に応じた罰を与えなければ不公平すぎる。


 人を1人殺して5年6年の牢役など罰とも言えない。

 1億盗んで1万返せば罪を償った事になるのと変わらない。


 だから人殺しには、死ぬまで過酷な環境で重労働をさせる。

 盗みや暴力には、被害額の3倍に当たる賠償金を重労働刑の賃金で支払わなければ、罪を償った事にしないと刑罰書に明記した。


 貴族や金持ちなら、殺人以外の罪なら金を払えば済む。

 貴族や金持ちにとっては雀の涙ほどの金を払えば、殺人以外は許される。


 そのような事にならないように、賠償金の質を定めたのだ。

 どのような地位にある者であろうと、罪を犯せば牢に入れられる。

 そう法で定めて法律書に明記して支配領域中に配ったのだ。


 マリア大公とロレンツォ宰相は、戦地の軍政、文武における法を定めながら破竹の勢いで占領地を広げていった。


 ベルナルディ伯爵ヴァレリオと嫡男のカルロには、決闘には応じるが、決闘よりも前に悪政に苦しむ民を開放する方が大事だと、決闘の申し込みに派遣されてきた使者に言葉と書面の両方で返事をした。


「2人を試したのですね」


「はい、民の平穏よりも騎士の名誉を重んじるよう者なら、どれほど武に長けた騎士でも我が家には不要です」


「そうですね、私もそのような騎士なら仕えて欲しいとは思えませんね」


「先ずは王の逃げた先を確かめましょう。

 自分を殺そうとしたマルティクスと合流するとは思えませんし、マルティクスを殺そうとしたヤコブのいる王城に戻るとも思えません」


「逃げるとしたらポンポニウス王国ですか?」


「はい、王妃と長女がいますから、殺される可能性が低いと判断するでしょう。

 長女のジュリアを傀儡の女王にして、夫を実質的な支配者にする。

 次代には連合王国にしてしまうにしても、前王であるルーカの承認があるのとないのとでは、近隣諸国の介入が全く違ってきます」


「私もそう思います。

 王妃が逃げ込んだだけでは、まだ王が国内に健在な内は、侵攻する大義名分には弱かったですが、王まで亡命する事になれば、堂々と侵攻できますからね」


「はい、ルーカにしても、どうせ王に復位できないのなら、自分を殺そうとしたマルティクスやヤコブよりは、娘の子供に王位を継いでもらいたいでしょう」


「ですがそれでは、王朝が変わってしまうのではありませんか!

 王侯貴族は氏族が変わる事を極端に嫌うのではありませんか?

 私はそのように教わりましたよ?」


「それは次代の運に任せるのではないでしょうか。

 ルーカが氏族に拘って、マルティクスやヤコブの戴冠を認めると思われますか?」


「思いません」


「一旦はロマンシア王国の王族がポンポニウス氏族になろうと、娘の生んだ子供が女ばかりなら、婿を取るしかありません。

 その時、ポンポニウス氏族から婿を取るか、ロマンシア氏族から婿を取るかは、その時の力関係によるでしょう。

 王侯貴族なら、その時のために時間をかけて準備するのはお分かりですね」


「分かりたくはないですが、分かります。

 娘しか生まれないと言うのも、神や運に任せるのではないのですね?」


「はい、もう分かっておられるのでしょうが、改めて言わせていただきます。

 女しか生まれないように、術や薬を使うのです」


「やる方も防ぐ方も命懸けですね」


「はい、単に女しか生ませないようにする者だけではありません。

 ジュリアを邪魔に思うポンポニウス王国貴族が山のようにいます」


「そうですね、これまではロマンシア王国という後ろ盾がありましたから、ポンポニウス貴族達も報復を恐れて露骨な攻撃を控えていたでしょうが、今なら王太子妃の座を狙って全力で刺客を放つでしょうね」


「はい、今殿下と話し合っている前提も、ジュリアが殺されては成り立ちません」


「だったらロマンシア王国侵攻を目論むポンポニウス王家が、ジュリアを全力で護るのではありませんか?

 あ、いえ、違いますね。

 ポンポニウス王家も1枚岩ではないのですね」


「はい、ポンポニウス王家にもロマンシア王国侵攻派と内政重視派がいます。

 水面下で激しい主導権争いが起こっています。

 今はまだ争っているだけですが、内政重視派が勝つような事があれば、ジュリアは間違いなく殺されます。

 ジュリアと王太子の間に生まれた子供も、次の王太子妃が生む子供の邪魔にならないように、殺されてしまう事でしょう」


「……まだ何も分からない幼子が殺されるのは見たくありません」


「王侯貴族に生まれた子供が、無事に生き延びられるかどうかは、運と実力次第でございます。

 殿下や私が今こうして生きていられるのも、運と実力でございます。

 ですがそれは子供の間だけの事ではありません」


「分かっています。

 敵になるかもしれない他国の王孫の事よりも、自分達が生き延びる事に全力を注げと言いたいのですね」


「はい、その通りでございます」


「では、まずはこの国を完全に支配しましょう。

 ポンポニウス王国だけでなく、全ての隣国が手出しする気にならないように、圧倒的な力を見せつけてください」


「お任せください」

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