第24話:徐々に

ロマンシア王国暦215年5月4日:ガッロ大公国公城大公執務室


「この書類ですが、何故こうなったのか分かりません。

 この決済に至った理由が分かる、詳細な数値がのった書類を見せてください」


 マリアは政務担当の侍女に命じた。

 これまでロレンツォに任せっきりだった政務に目を通す事にしたのだ。


 ロレンツォお兄様にあれほど期待されているのだ。

 何もしないでいると、責任を放棄しているようで胸が痛んだ。


 これまでのマリアは、将来王妃になるための勉強が最優先だった。

 本来はマルティクス第1王子がやるべき、王立魔術学園の生徒会運営も全て肩代わりしてやっていた。


 生徒会の会長職は、将来王国を統治する予行演習のようなものだ。

 他の生徒会役員は王の大臣や官僚で、生徒は支配下にある貴族士族と見立てる。


 小規模な生徒会や学園の予算をやりくりして健全に運営できなくて、国の運営などできはしない。


 いきなり国の財政を任されて失敗したら国が滅んでしまう。

 そのために歴代の王子は生徒会長となって学園を運営するのだが、マルティクス第1王子はその全てをマリアに押し付けていた。


 いや、学園の運営だけでなく、王子直轄領の統治までやらせていた!


 ある程度成長した王子達には直轄領が与えられる。

 これも将来国を統治するための訓練なのだ。

 ただ、王になれる王子は人だから、他の王子は直轄領を貰って独立する事になる。


 将来はその領地の収入だけで生きていかなければいけないので、王国が優秀な代官を派遣してくれる間に、自分で統治ができるようになれという意味がある。


 ただ、王国から派遣された優秀な代官が、臣籍降下した元王子の家宰になる事が多いので、実際には王子が暗愚でも領地は回っていく。


 マルティクス第1王子は優秀なマリアに嫉妬して、苦しませるために直轄領の統治までやらせるという、陰湿極まりない虐めを行っていたのだ。


 ただ、そのほとんど眠る時間もなかった統治経験が、大公の仕事をやろうとしたマリアの役に立っていた。


 大公家の方が10万倍くらい予算規模が大きいが、大筋は変わらない。

 収支を黒字にして、余った予算で穀物を蓄えるか、投資に回すかだ。


「流石ロレンツォお兄様です。

 わずかな不正も見逃さず、汚職官吏に厳罰を与えておられるのですね」


「はい、ですが、この程度の数字の違いを見られただけで、前期の不正を見抜かれた大公殿下も素晴らしいです」


「褒められてもあまりうれしくないです。

 処罰されたのは譜代家臣の一門ではありませんか。

 それも、5代前に公爵家から庶子の令嬢が降嫁した家です。

 私の件でお兄様が処罰される前は、家でも有力な家臣でした」


「大公殿下、思い上がった傍系家臣や譜代家臣が不正を行うなど、よくある事でございます。

 お気になされませんように」


「気にしない事など不可能です。

 あれほど信じていた者達ですよ。

 陰日向なく仕えてくれていると思っていたのに……」


「殿下、宰相閣下が申されていたではありませんか。

 耳に心地よい言葉をささやく者ほど不忠者だと。

 学ばれてきた帝王学にも同じような話があったのではありませんか?」


「ありましたが、本で読むのと実際は全く違いました。

 私なら佞臣に惑わされる事などないと思っていましたが、代々仕えてくれている譜代家臣や、先祖を同じくする傍系家臣の言葉は信じてしまいました」


「戴冠される前に経験されてよかったではありませんか。

 宰相閣下のお話しでは、学園に通われている間なら、幾ら失敗しても貴族としての汚点にはならないとの事でした」


「毒をあおった事も、汚点ではないというのですか?」


「……それは、ですが、それを申されるのでしたら、マルティクスのやった事の方が遥かに悪質で、大きな汚点になっております。

 少なくとも宰相閣下だけは、殿下の失敗ではなく、支えるべき自分の失敗だと言われておられます」


「お兄様にはご負担と心配ばかりかけてしまっています……」


「殿下、そう思われるのでしたら、過去の事にはとらわれず、これからの事に邁進なされませ。

 宰相閣下は殿下の事を心から信じておられます。

 必ず立ち直って民の為に政務を行ってくださると申されています」


「お兄様そこまで信じて頂いているのに、いつまでもグズグズと泣き言ばかり言ってはいられませんね。

 次の書類を持って来てください。

 決済しなければいけない全ての書類に目を通し、少しでも疑問があれば、関係書類を集めて前後の関係を確認します」


「御意」


 マリアは自殺に至った哀しみを忘れるように政務に没頭した。

 特にお金の流れに重点を置いて、公爵家時代の不正を確認していった。

 すると、でるわでるわ、傍系家臣と譜代家臣の汚職のオンパレードだった。


 汚職を摘発して厳罰を与えようとするロレンツォと、傍系や譜代の権力を笠に処罰を逃れようとする家臣達の暗闘が露になった。

 自分の苦労など物の数ではないと思うほどの暗闘史だった。


 ただ、マリアも不正に直面した事がなかったわけではない。

 学園の教師や直轄領の官吏が、公金を横領した事を何度も摘発していた。

 王子に財政を押し付けられて帳簿に埋もれていた時に摘発していたのだ。


 1番困ったのは、マルティクス第1王子自身が、直轄領の予算や学園の予算を私的に使い込んだ時だった。


 マリアが諫言しても全く耳を貸さず、気に入った令嬢に高価な宝石やドレスを与えて自尊心を満たしていた。


『このままでは王国財政を傾ける暗愚の王になってしまいます』と何度も諫言して、その後1年間全く遊興費を使えなくしなければいけなかった。


 遊興を我慢させるために『この事を国王陛下が知られたら、王位はフェデリコが継がれる事になりますよ』と、脅すような事を言わなければいけなかった。


 そんな事が何度も続き、マルティクス第1王子に忌み嫌われてしまった事が、マリアを厭世的な気分にさせていたのかもしれない。


「……領内の動き、特にお父様周りの動きが激しいですが、使われている公爵家の予算が少な過ぎます。

 まさか、お兄様のポケットマネーで賄っておられるのですか?」


「さぁ、宰相閣下は、常日頃から養子にして頂いたご恩に報いなければいけないと申されていましたから、予算以上に豊かな生活をして頂きたいのではありませんか?」


「嘘を言うのは止めさない!

 お兄様を養子にすると決められたのはお母様です。

 お父様は、お母様に隠れて儲けた弟に継がせる気でいました。

 それに、お兄様はお父様を忌み嫌っておられました。

 表面上は立てておられましたが、内心では嫌っておられました」


「そうかもしれませんが、予算と実際の動きに差が出る事はおかしでしょうか?

 商人や民の活動で流通が促進される事もあります。

 御隠居様に取り入ろうとする者が、人や物を貢ぐこともあります」


「お兄様のご性格くらい分かっています。

 お兄様に会ってこの事の確認をします」

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