第25話:兄妹喧嘩

ロマンシア王国暦215年5月4日:ガッロ大公国公城大公執務室


「大公殿下、宰相閣下が謁見を求めておられます」


 マリアと政務担当の侍女が話をしている間に、他の侍女が急いでロレンツォに状況を伝えたので、最速でやってきたのだった。


「まあ、誰が知らせたの?」


「殿下、お知らせしなければ、この前のように殿下自ら宰相閣下の元に足を運ばれたのでしょう?」


 政務担当の侍女がほんのわずかだが咎めるようなニュアンスを持たせた。


「当然ではありませんか。

 お兄様は我が家の為に寝食を忘れて働いてくださっているのです。

 お仕事の手を止めるような事はできません」


「それが宰相閣下には御心痛なのです。

 殿下を呼び付けていると思われたら、閣下が誹られてしまいます。

 殿下はそのような事を望んでおられるのですか?」


「私が短慮でした、お兄様を誹るような者がいるとは思ってもいなかったのです」


「多くが放逐されたとはいえ、まだまだ門閥家臣が残っております。

 宰相閣下の評判が落ちるような事は、なされない方が宜しいです」


「よく言ってくれました。

 これからも厳しく諫言してください」


「畏れ多い事でございます。

 宰相閣下に入っていただいて宜しいでしょうか?」


「はい、入ってもらってください」


 侍女達が動いてロレンツォを迎え入れる準備をする。

 だが、動くのは侍女達だけではない。

 女性護衛騎士達もマリアを護る布陣を変える。


 ロレンツォはマリアお嬢様に関する事に厳しい。

 入ってくるのがロレンツォであっても、完璧な護衛布陣を組む事を命じている。

 絶対に勝てない相手であろうと、命懸けでマリアお嬢様を護れと命じているのだ。


「大公殿下、お呼びと伺い参上させていただきました」


「余計な負担をかけてしまっていたのですね。

 気づきもしなかった事、謝らせてもらいます」


「とんでもない事でございます。

 愚か者が恥知らずな言動を取るまでは、王国を支える王妃になるための勉学に励まれていたのです。

 領地の事を家臣に任せるしかなかったのは、仕方のない事でございます。

 殿下がお謝りになるようなことではありません。

 もうこの件で謝られる事のないようにお願い申し上げます」


「……分かりました、もう謝りません。

 ただ、これからもお兄様には負担をかける事になります。

 新たな失敗を詫びるのと、日頃の政務に感謝の言葉をかける事、許してくださいますね?」


「もったいないお言葉でございます。

 感激のあまり、感謝の言葉もありません。

 ただ、家臣が主君の為に役目を果たすのは当然の事でございます。

 役目を果たせないような無能は、領地や給与を返上して去るべきでございます。

 過分なお褒めの言葉はかけられませんように」


 マリアはまたぐうの音も出ない思いだった。

 必要以上の褒美や褒め言葉は、家臣をつけあがらせるから止めろ。

 そうと御回しに諫言されているのだ。


 自分が自殺した時に、信じていた側近がどのように動いたのかを思い出した。

 そして今、予算の流れを調べて知った門閥家臣の汚職。

 マリアに否定などできない。


 誰よりも信じられる働き者の義兄であろうと、必要以上に優遇する事は絶対に許されないと、遠回しだが厳しく諫言されているのだ。


「……分かりました、必要以上の褒美や褒め言葉は与えません。

 お兄様の話をしていたのは他でもありません。

 お父様に対する予算と現実の動きの違いです。

 お父様の元に、ひっきりなしの商人や娼婦が訪ねていますね。

 大公家から出されている予算だけでは、あれほどの遊興はできないはずです。

 お兄様がポケットマネーで賄われているのですか?」


「はい、御隠居様にはできるだけ楽しく過ごしていただきたいのですが、それを民の税で賄うのは許されない事です。

 養子として個人的に支援させて頂いています」


「何を考えておられるのですか?

 お兄様がお父様を忌み嫌っておられる事くらい知っております」


「随分と率直にお聞きになられるのですね。

 昨日までのマリアお嬢様とは全く違います。

 ご立派になられて……」


「揶揄わないでください!

 どのような謀をなされているのですか?!」


「大した事をしている訳ではありません。

 御隠居様に早死にしていただくだけです」


「お兄様!」


「刺客を送る訳でもこの手で殺す訳でもありません。

 御隠居様が望まれている酒池肉林をお与えするだけでございます。

 私の知る言葉に『樂しみ極まれば則ち悲しむ』があります。

 遊興の果てに死ぬのは本人の責任でございます」


「お兄様……家臣なら、いえ、子供なら諫めるべきではありませんか?」


「何の責任もない子供なら、ただ孝行の心で親を諫めるべきでしょう。

 ですが、お嬢様や私には守らなければいけない家臣と民がいます。

 それに、どれほど心をもめて諫言しても全く反省しない親ならどうなるしょう?

 逆恨みされて、下手をすれば親に殺されてしまいます」

 

「今のお父様にお兄様を殺す力などありませんよね?」


「では、一切の遊興を許さず、粗食にして健康を取り戻して頂きますか?

 そんな事をすれば、敵対している王家だけでなく、機会を狙っている門閥家臣達にまで、大公家を簒奪したと非難されてしまいます」


「極端な事を申されないでください。

 元公爵家の当主に相応しい程度の予算でいいではありませんか。

 現に我が家から支払われている公式な予算はその程度に抑えられています」


「ですがそれでは早死にしないかもしれません。

 御隠居様が生きておられる限り、担いで叛旗を翻そうと考える者が現れます。

 そんな事になったら、殿下の弟妹を殺さなければいけなくなります。

 それでも宜しいのですか?」


「お兄様ならその程度の策を払いのける事など簡単でしょう?

 お兄様に父殺しに大罪を犯して欲しくないのです!

 考え直して頂けませんか?」


「殿下が大公として命じられるのでしたら従わせていただきます。

 しかしながら、門閥家臣が御隠居様や庶子の方々を担ぐような事があれば、処刑しなければいけなくなりますが、それでも宜しいのですか?」

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