第26話:政略結婚

ロマンシア王国暦215年5月4日:ガッロ大公国公城大公執務室


 マリアは厳しい決断を迫られた。

 元々とても感受性が強く、少しの事でも心を痛めてしまう性格だ。

 ようやく立ち直りかけたのに、あまりにも厳し過ぎる選択だった。


 一方のロレンツォだが、これまでの甘やかし振りからは想像もできない厳しい試練をマリアお嬢様に与えている。


 ロレンツォもこれまでの自分の言動をとても反省していたのだ。

 同時に自分が全知全能ではないと思い知ったのだ。


 常に先回りしてマリアお嬢様を護っていたせいで、ロレンツォの手が出せない所で傷ついた時に、傷つき慣れしていない分極端に反応されてしまった。


 だからロレンツォは、自分の目の届くところで、マリアお嬢様に少しずつ現実の辛さに直面してもらう事にした。

 猛烈な自責の念と激烈な心痛に耐える覚悟を決めた。


 大公に戴冠した以上どうしても逃れられない、公私の区別をする痛みに慣れてもらおうとしたのだ。

 ロレンツォ自身もそこから耐える事にした。


 ただ、ロレンツォには大きな誤算があった。

 マリアお嬢様がとても感受性が強く、傷つきやすい性質なのは理解していたが、基準としている自分が、極端に肉親の情愛が薄い性質なのを軽く見積もっていた。


「大公としてロレンツォ宰相に命じます。

 私財を使って前ガッロ公爵ダヴィデを支援しないように」


「謹んでお受けさせていただきます」


 ロレンツォは恐懼して勅命を受ける姿勢をとった。

 大誤算で、自分の思い描いていた結果とは違ったが、このような可能性を全く考えていなかった訳でもない。


 極端に低い確率だと思っていたが、マリアお嬢様がロレンツォを父親殺しにしないようにする、そんな可能性も考えていたのだ。


 それに、大公国内で謀叛が引き起こされる確率は高くなったが、それ以上に得られたモノが大きかった。


 何と言ってもマリアお嬢様がロレンツォの策を退けたのだ。

 大公の方が宰相よりも偉いと家臣や民に見せつけたのだ。


 ロレンツォは表面上何の感情も浮かべないようにしていたが、内心ではマリアお嬢様の成長に感涙していたのだ。


「お父様を生かし続ける際の危険は先ほど聞かせていただきました。

 それを防ぐための策を教えてください。

 先に言っておきますが、異母弟妹や門閥家臣を殺す策は却下です」


「いくつか方法が考えられますが、必ず長所と短所が混在します」


「分かっています。

 全く短所のない策などこの世に存在しません。

 できるだけ死傷者を少なくする策を聞かせてください」


「承りました。

 国内の動員兵力は減ってしまいますが、御隠居様や危険な門閥家臣全てに腕利きの見張りと軍を張り付けます。

 彼らが動く気になれないような圧倒的な戦力を張り付けるのです」


「ざっと教えて頂いた我が国の戦力なら不可能ではありませんよね?

 狩りや開拓開墾ができなくなる分、経済成長は抑えられてしまいますが、悪い策には思えないのですが?」


「経済的な問題以外に、対外的な問題があります。

 今のロマンシア王国は、領地を接する全ての国に狙われています。

 それなのに王都で王族が争っています。

 そんな時に、もう我が国には外に出せる戦力がない。

 そんな風に思われてしまったら、ロマンシア王国と領地を接する国々が雪崩を打って攻め込んで来る可能性があります。

 大公殿下が我が国の民しか大切だと思わず、ロマンシア王国の民が死のうと平気でおられるのなら良い策なのですが、難しいと思われます」


「……確かに、私には我慢できないでしょう。

 幼い頃からずっとロマンシア王国の王妃になるべく育てられてきました。

 民を慈しみ守れと教えられてきました。

 彼らが戦災で苦しむような策は使えません」


「もう1つの策も周辺諸国から攻め込まれる可能性は残りますが、確率がかなり低くなるります」


「もったいぶらずに話してください」


「もったいぶっている訳ではありません。

 誤解されてしまう可能性があるので、話し方を考えていただけです。

 端的に申しますと、御隠居様を隣国に人質として送る策です」


「お父様を人質として隣国に送ると申されるのですか?!」


「はい、王侯貴族が人質を取るのは普通の事でございます。

 マリアお嬢様も、実質ガッロ公爵家が王家に差し出した人質でございます」


「それは……確かにその通りですが……」


「送る先は、ポンポニウス王国でございます」


「ジュリア殿下の嫁がれた国にお父様を送るのですか?!」


「はい、近隣諸国との友好を築くために、互いに人質同然の婚姻を行うのが王侯貴族の常識でございます。

 特にポンポニウス王国とロマンシア王国は、秘密同盟ではありますが、軍事同盟を結んでいます。

 ポンポニウス王国のグレタが王太子時代のルーカに嫁ぎ、最初に生まれた子供がジュリアです」


「お兄様、いくらロマンシア王家が嫌いだからといっても、ジュリア殿下を呼び捨てにするのは止めてください。

 先ほどから度々呼び捨てにされていますよ」


「申し訳ありませんが、臣は人の好き嫌いが激しいのです。

 殿下を自殺に追い込んだ連中に敬称などつけられません」


「本気で怒られているお兄様に何を言っても無理なのでしょうね」


「臣のことを理解していただき、有難き幸せでございます。

 ジュリアは従兄でもあるポンポニウス王国王太子の所に嫁ぎましたが、国の利益の為なら、妹の嫁ぎ先を攻め滅ぼすのが王の責務でございます」


 ロレンツォは興味のない人間の事は名前も呼ばず、関係性だけが分かる説明をして、それでも侵攻してくると言い切った。


「分かっています、帝王学として学んだので分かっています。

 ですが、胸が、心が痛みますね。

 お父様を人質に送る事で、我が国はポンポニウス王国の属国になるのですか?」


「いえ、そうではありません。

 ポンポニウス王国からも人質を送ってもらうのです」


「そう簡単に人質を送ってくれるとは思えませんが……まさか?!」


「はい、そのまさかでございます。

 大公殿下の配偶者として王子を迎えるのです。

 実質は人質ですが、表向きは殿下に次ぐ権力者としてお迎えします。

 ポンポニウス王家も面目を気にせずに人質を送れます」


「……王侯貴族が政略結婚をしなければいけない事は、マルティクス殿下と婚約した時から分かっていましたが、ロレンツォがこんなに早く政略結婚を勧めるとは思ってもいませんでした」


「殿下、誤解なされませんように。

 王配を迎えるのは表向きだけでございます。

 殿下には好きな方を愛人として迎えていただき、幸せに暮らして頂きます」

 

「それでも、夫婦の契りは結ばなければいけないではありませんか。

 最低でも1人は男の子を生まなければいけないではありませんか!」


 話しているうちにマリア嬢は怒りを抑えきれなくなった。


「大丈夫でございます。

 誰が王配に来ようと、どのような護衛がついて来ようと、私が支配や幻覚の魔術を使って何もできないようにします。

 殿下が嫌いな相手と契りを結ぶ必要などありません」


「……王侯貴族とは哀しいモノですね。

 政略結婚が嫌なら、大切な夫婦の約束まで嘘で偽らなければいけないのですね。

 そのような不義理をするくらいなら、我慢して本当の夫婦に……」


「お待ちください、そこまで殿下を追い詰める心算はりませんでした。

 ただ戦争を回避するだけなら、御隠居様を人質に送りだけですみます。

 万が一の話ですが、計算外の出来事があった場合、御隠居様を見殺しにするのは嫌なのですね?」


「当たり前ではありませんか!」


「しばし時間をいただけませんか?

 殿下の極力死傷者を出さない策を考えろとのご指示はとても難しいので、この場で思いつく策には粗が多いのです」


「分かりました、時間をかけて考えてください」

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