第27話:献策

ロマンシア王国暦215年5月5日:ガッロ大公国公城大舞踏会場


 ロレンツォは、マリアお嬢様が自分に命令した機会を最大限利用する事にした。

 家臣使用人に、誰が1番の権力者か思い知らせる事にした。


 けしからんことに、家臣国民の中には、ロレンツォを1番の権力者だと思っている馬鹿者が、想像していたよりも多くいたのだ。


 そんな連中に、マリアお嬢様こそ最高権力者だと思知らせる。

 大舞踏会場の主君の壇から、自分を始めとした家臣達を見下して頂く。


 宰相であるロレンツォが壇上に登らず、あくまでも臣下として辞を低くして仕える事で、臣下が守るべき礼儀を叩き込もうとしていた。


「ガッロ大公国初代大公、マリア・フラヴィオ・ガッロ殿下の御入場!」


 式部長官が、マリアお嬢様が入って来る事を全ての家臣使用人に伝える。

 とても残念な事だが、主君の壇にはマリアお嬢様と側近しかいない。

 実質幽閉状態の前公爵も異母弟妹もいない。


 ロレンツォはマリアお嬢様を脅かすモノを一切許さない。

 1度許されない大失敗をした事を忘れていない。

 だからこそ、養子とは言え義兄なのに主君の壇には立たない。


「楽にしなさい」


 マリア大公殿下が最敬礼する家臣達に言葉をかける。

 ロレンツォと事前に打ち合わせして、遜るような言葉遣いはしない事になった。


 ロマンシア王家に王妃として嫁ぐ場合は、一族とは言え臣籍降下した公爵家から王家入るので、将来の王妃とはいえ遜った言葉遣いが必要だった。


 だが大公に戴冠したら、完全な上位者として振舞わなければいけない。

 傍流家臣であろうと譜代家臣であろうと、思い上がらせてはいけないのだ。


 これまでは、ロレンツォがマリアお嬢様の壁になってきた。

 だがこれからは、マリア大公殿下に前に出てもらわなければいけない。


 養子の公爵代理として辣腕を振るってきたからこそ、徐々に権力の座から降りていかなければ、マリア大公殿下が傀儡だと思われてしまう。

 ロレンツォには絶対に耐えられない事だった。


「ロレンツォ宰相、昨日考えろと命じた策を皆の前で披露しなさい」


 マリアはこんな命令口調でお兄様に話すのは死ぬほど嫌だった。

 だがお兄様に、義兄弟だからこそ君臣の別をつけなければいけないと言われると、なまじ帝王学を修めているだけに反論できなかった。


 お兄様と不正を行う門閥家臣の暗闘を知った後では、私情は抑えるしかなかった。

 マルティクス第1王子の婚約者時代には、滅私奉公の精神で王子の役目を助けてきたのに、宰相という激務に励むお兄様を手伝えないとは言えなかった。

 

「はっ、非才の身ではございますが、大公殿下のご下問に応えるべく、あらん限りの知識と経験を使って考えさせていただきました」


「うむ」


 言葉をかけるたびにマリアの口は苦くなる。


「先ずは兵力を増強させます。

 我が国には即時動員可能な即応常備軍に加え、大量動員が必要になった場合に生産任務から軍事任務に変える、生産常備軍があります」


「うむ」


「更には軍事訓練を受けた事のある猟師や冒険者、傭兵からなる予備軍。

 軍事訓練を受けた事があっても准軍事職についていない後備軍があります」


「それで」


「ですが即応常備軍以外を動員しますと、国の生産力と税収が下がってしまいます。

 そこで彼らには敵が国内に侵攻した時に備えてもらい、彼ら以外に国外に出て攻勢防御を行う将兵を雇うのです。

 そうすれば生産力と税収を落とすことなく兵力が増強できます。

 我が国の経済規模なら、この方法の方が多くの兵力を国外に出せます」


「国外の傭兵、冒険者、狩人といった准軍事職についている者達を、傭兵か兵士として雇い、ロマンシア王国に侵攻させるというのか?」


「いえ、違います。

 侵攻するのではなく、援軍を望む領主の所に派兵するのです。

 侵攻ではありません」


「言葉を飾ってはいるが、実際には侵攻以外の何物でもないだろう?

 貴族から援軍を求められたという言い訳をして、他国に軍を入れるのだ。

 その国が侵攻だと言って討伐軍を送ってきたらどうする?」


 マリアの口の中は苦みで一杯だった。

 口に中の苦みだけでなく、胸も痛んでいた。


 マリアはお兄様がここまで攻撃的に出るとは思ってもいなかったのだ。

 だがそれは甘えでしかないと思い直していた。


 お兄様として甘えさあせてもらえるのなら、壇上に登っておられたはず。

 それを臣下の位置に身を置き、最敬礼をして仕えてくださっているのだ。

 大公として家臣国民を護る責任があると、厳しく突きつけられているのだ。


「ロマンシア王国では、王家に従う貴族士族がほとんど残っていません。

 今王家が動員できるのは、王都の残っていた傭兵と冒険者だけでございます。

 近隣諸国から集めようと思っても、各国が許可しません。

 多く見積もっても1万を超える事はありません。

 3万の兵力を集めたら、王家は王都に立て籠もるしかなくなります」


「王都には20万の民がいます。

 彼らを無理矢理集めて兵士に仕立てたらどうする?」


「王都の戦える民を強制徴募したとしても、5万が限界です。

 歴戦の傭兵や熟練の猟師3万が相手では、何の訓練もしない民を20万集めようと勝ち目などありません。

 そもそも王都20万人と言っても、生まれたばかりの赤子から、足腰の立たなくなった老人まで合わせての20万人です。

 武器を持って戦える者は5万人が限界です。

 それに1度も戦った事のない平民では、敵の雄叫びを聞いただけで腰が抜けます。

 少し度胸の有る者でも一目散に逃げだします。

 ロマンシア王家と戦う事にはなりませんので、ご安心ください」


「そうか、よく分かった。

 ならば昨年の収支で利益となった分を全て新軍創設に使う事を許可する」


「ありがたき幸せでございます」


「不足に事態が起きた場合は、これまでに蓄えた軍資金と兵糧を使う事も許すが、その場合は、事前に必要になった理由を詳細な数字と共に必ず示せ」


「非才の身に過分な権限をお与えくださり、感謝の言葉もございません。

 不測の事態など起きない事が1番なのですが、なにぶん神ならぬ身。

 私では予測できなかった事が起きた場合は、必ず詳細な数字を提出させていただきます。

 その時は、どうか殿下の英知をお貸しくださいませ」


「任せておけ」


 義兄妹の猿芝居だった。

 少しでも見る眼の有る家臣なら直ぐに分かる事だった。


 だが同時に、ロレンツォの何があってもマリアお嬢様を立てるという決意が伝わる猿芝居で、下手にお追従の言葉も口にできないと家臣達は思い知った。

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