第23話:資金提供

ロマンシア王国暦215年5月3日:ガッロ大公国公城宰相執務室


「国境周辺の貴族達への根回しはどうなっている」


 ロレンツォがロマンシア王国から戻ってきた側近にたずねる。


「将来我が国に臣従する事を条件に、軍資金と兵糧の提供を約束してきました。

 署名と印章のある臣従願いもこのように」


 側近が自らの功を誇ることなく臣従願いを差し出す。

 間違いなく署名され印章が押されている事にロレンツォは安堵した。

 これで最悪の場合でも隣国に国境を破られる心配はない。


 ロレンツォが1番気にしていたのはマリアお嬢様の事だった。

 自分と関係した事が原因で戦争が始まり、多くの民が死傷する事に成ったら、どれほど理路整然とマリアお嬢様の所為ではないと言っても、必ず胸を痛められる。


 だから隣国が攻め込まないようにするのが1番大切だった。

 攻め込んできた隣国を撃破する方が簡単なのだが、勝ち戦でも多少の死傷者はでるし、マリアお嬢様は敵国の兵士が死傷する事にすら胸を痛められるのだ。


 だから難しい事だが、隣国が攻め込むのを諦めるようにした。

 隣国と国境を接する貴族達が連携して防衛する体制を築いた。


 多数の傭兵や冒険者を雇う軍資金はもちろん、最悪の場合は領民を根こそぎ徴兵できるように、無収穫でも1年暮らせる兵糧も貸し与えた。


「ご報告申し上げます」


 次に執務室に入ってきたのは王都に送り込んだ側近の1人だった。

 彼にはロマンシア王家に対する謀略を任せてあった。


「王の近臣達は財産を処分して隣国に逃げる準備をしております」


「それは、マルティクスが王を弑逆するとみているのか?」


「はい」


「王は対抗できそうにないのか?」


「はい、心ある騎士団長や貴族達は全員王都を離れてしまっています。

 阿諛追従の近臣達は全く役に立ちません。

 弟妹とその実家を急襲し、財産を押さえただけでなく、王城の宝物殿と食糧庫を押さえたマルティクスが圧倒的に有利です」


「弟妹の中でヤコブだけが殺されなかったのだな?」


「はい、宰相閣下が考えておられた通り、全てヤコブが描いた謀略でございました。

 王家やマルティクスの事を思っているようにフェデリコを騙して、同母兄弟の仲を裂いたばかりか、異母弟妹まで殺すように唆しました」


「佞臣にそそのかされる本人が愚かなのだ。

 本来なら1番信用ができて頼れる同母の弟を殺してしまったら、異母弟妹を皆殺しにする以外に手はなくなる。

 それなのに、自分に都合の良い事ばかり囁く異母弟のヤコブは頼りにしている。

 大馬鹿としか言いようがないな」


「はい、ヤコブは着々とマルティクスを殺す準備を整えています」


「マルティクスには、貴男の為に父親を殺してさしあげます。

 王にしてさしあげますとでも言っているのか?」


「はい、宰相閣下の申される通りでございます。

 ですが実際には、自分が意のままに動かせる兵力を集めています。

 以前から手懐けていた下級貴族を中心に、王都に残っている傭兵や冒険者を掻き集めています。

 王や上級貴族を皆殺しにできれば、下級貴族達は上級貴族に、傭兵や冒険者達は下級貴族になれると思わせています」


「実際には不可能だろうが、思わせるくらいは簡単だろう。

 王都の民を強制徴募する動きはないのだな?」


「潜り込んでいる密偵の話では、計画は立てているようですが、まだ実行するまではいっていないそうでございます」


「王都の民を強制徴募するのは諸刃の剣だからな」


 ロレンツォの言っている通りだった。

 数が決まっていて、欲望のはっきりしている傭兵や冒険者なら操り易い。

 だが20万もの民を上手く操るのは難しい。


 素直に王とマルティクスだけに怒りを向けてくれればいいが、操り損ねたらその数の暴力がヤコブに向くのだ。


「はい、ですので、今のところは傭兵と冒険者だけで王を殺す予定です。

 下級貴族達は、王が助けを求めた時に味方の振りをして近づき、殺す計画です」


「忠誠心も何もあったモノではないない。

 まあ、あんな王に忠誠を尽くしても何の役にも立たないのは、大公殿下の件で王国中に知れ渡っているからな」


「はい、ただ、それだけではないようなのです」


「上級貴族に成り上がろうとする欲か?」


「いえ、欲も確かにあるようなのですが、純粋にヤコブを応援している下級貴族や傭兵もいるようなのです」


「ヤコブは王国貴族から忌み嫌われていたはずだ。

 俺の知る性格も、ろくなもんじゃない。

 そんな奴が損得以外で慕われているはずがない。

 何か必ず理由があるはずだ。

 もう二度と見落としで大公殿下を傷つける訳にはいかない。

 どれほど金がかかろうと人手が必要だろう、必ず理由を探り出せ!」


「承りました。

 王都に魔鳥を飛ばして至急探らせます。

 私もできるだけ早く戻って探索に加わります」


 マリアお嬢様には通常の早馬しか王都と連絡方法はないと言ったロレンツォはだが、実際には幾通りかの連絡方法を作っていた。


 街道の村や街を使うのではない、密かにもうけた拠点を使っての早馬に加えて、毎日何人もの密偵や商人を伝書鳥と共に王都に送り込んでいた。

 そのお陰で毎日複数の伝書鳥を往復させる事ができるのだ。


「頼りにしているぞ。

 だが、決して無理はするな。

 死んだ人間は働けない。

 生き残ってこそ働けるのだ。

 お前達は死ぬまで扱き使ってやるからな」


「生きて忠義を尽くせという閣下の言葉は肝に銘じております。

 何があっても生き残って情報をお届けさせていただきます」

 

 王都担当の側近が執務室を辞した後も、何人もの側近が報告に訪れた。

 その中には、王国の騎士団長達を調略する役目の者もいた。

 

 何度諫言しても耳を貸さず、むざむざとフェデリコ第2王子をマルティクス第1王子に殺させた王を見限る団長が増えていた。


 旗幟を明らかにしない、最後まで近臣達と一緒に王の権力を利用しようとする団長達の元からは、心ある騎士が離れていた。

 そんな騎士団に戦闘力などあるはずがない


 他にも他人が嫌がる汚れ仕事を引き受けてくれている側近もいた。

 前ガッロ公爵に与えている媚薬、腹上死一直線の媚薬がマルティクスの手に渡るようにしてくれている側近だった。


 ★★★★★★


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