親友、婚約者、乳姉、信じていた人達に裏切られて自殺を図りましたが、運命の人に助けられました。

克全

第1話:プロローグ

リジィ王国暦200年5月5日:王都ロッシ侯爵家屋敷


(起きて、もう大丈夫だから起きて)


「うっううううう」


「おおおおお、アリア、アリア、アリア!」

「あなた、アリアが、アリアが声を出してくれました!」


 リジィ王国でも1・2を争う権力を誇ったロッシ侯爵家の王都屋敷。

 その奥深くで5年も眠る令嬢がいた。

 王太子との結婚式の前日、誰とも知れない相手に毒を盛られたアリアだ。


「うっううううう」


「おおおおお、神様、どうかアリアをお救いください」


 この5年で激しくやつれてしまった母親が、ベッドに眠る愛娘の手を握る。


「神よ、侯爵家などどうなっても構わない、アリアさえ助けてくださればいい」


 父親のロッシ侯爵が、この5年で一気に老け込んだ顔を喜びで歪めている。

 愛娘の手を握る妻の手に、自分の手を重ねている。


 5年間全く年を取らずに眠り続けた愛娘だった。

 社交界では、もう目を覚まさないだろうとか、目を覚ましたとしてもまともに動けないだろうとか、少なくとも子供は産めないだろうとか、心無い事を言われていた。


 生きて目を覚ましてくれただけで、両親にとっては望外の喜びだ。

 激動の5年間、両親はアリア以外に大切なモノはないと思い知らされた。

 家門の長としての立場も、権力も富も失っていた。


 王太子との婚約はわずかひと月で解消されてしまった。

 アリアの親友だったヴィットーリアが王太子の妃となった。

 そのお腹が少し膨らんでいた事で、事の真相が知れた。


 ヴィットーリアの父親は伯爵だったが、ロッシ侯爵家の家門に所属していた。

 だが、次期国王である王太子に妃をだした事で立場が一変した。


 ロッシ侯爵が家門を代表から引きずり降ろされたわけではない。

 流石にそこまでやると色々問題になる。

 それでなくても、陰でアリアに毒を盛ったのは伯爵だと噂されているのだ。


 ヴィットーリアの父親であるモレッティ伯爵は、王太子の支援を受けて新たに家門を立ち上げた。


 ロッシ侯爵を長と仰いでいたはずのウァレリウス氏族が、モレッティ伯爵が新たに立ち上げた家門に雪崩を打って所属した。


 事もあろうに、ロッシ侯爵家に子息や令嬢を雇ってもらっていた、ウァレリウス氏族の下級貴族まで離反してしまい、侯爵家の秘密が全て表に出てしまった。


 その中には重大な契約内容まで含まれており、公爵自身が事態の収拾に奔走しなければいけない羽目になった。


 軍事力も経済力も人材も一気に失ったロッシ侯爵家は、社交も交易も領地経営も後手を踏む事になり、莫大な損害を出してしまった。


 10代200年にも渡る備蓄があったから、借金をしなければいけないほど没落したわけではなかった。


 だが人材不足で維持できなくなった領地を手放したり、契約内容の漏洩で莫大な損失を出した事業を売却しなければいけなくなったりした。


 ロッシ侯爵家が特に貧しくなったわけではない。

 家門の長ではない平均的な伯爵家や豊かな子爵と同じになっただけだ。


 いや、ロッシ侯爵が素早く損切を断行したことで、遣り繰りの苦しい侯爵家よりは安定した領地経営をしている。


 だが、王国で1・2を争う有力者であった頃から比べたら、著しく凋落している。

 雇われていたウァレリウス氏族の下級貴族だけでなく、行儀見習いに来ていた子息や令嬢が1人もいなくなってしまったのだ。


 自前で従僕や侍女を揃えなければいけなくなったので、領地収入範囲の家臣や使用人しかいない。


 その領地も人材不足で仕方なく手放す事になり、激減してしまっている。

 照明用の蠟燭1つにしても、領地収入で賄える量しか使えない。

 5年前の記憶しかないアリアには信じられないほどの凋落ぶりだった。


「おとうさま、おかあさま……私は何故ベッドで寝ていたのでしょうか?

 クラーラにお茶を入れてもらっていたのに……」


「やはりあいつが犯人だったか!」


 ロッシ侯爵が怨念の籠った声色でつぶやく。

 表向きアリアに毒を盛った犯人は見つからなかった事になっていた。

 だが両親から見れば明らかに疑わしい人間がいた。


 最初は頭から信じていて、犯人だと疑う事もしなかったクラーラ。

 アリアの乳母を務めた者の娘で、俗に言う乳姉妹。

 最も信頼していたので、アリア専属の侍女にしていたくらいだ。


 だが、家門に所属していた者達が計ったように最悪の時期に離反した時、絶対に残ってくれると信じていたクラーラも離反していった。

 実家のマリア―ニ男爵家も離反していった。


 マリア―ニ男爵家などが一斉に離反してしまった事で、彼らに預けていた領地と事業を維持する事ができなくなった。

 手放した領地や事業は、今ではマリア―ニ男爵家などの物になっている


 ロッシ侯爵は貴族院に訴えたが、マッティーア王太子が後押しするモレッティ伯爵家門に退けられてしまった。


 当のクラーラは、王太子の後押しもあり、身分違いの伯爵家に正室として嫁ぐことになった。


 このような残酷な現実を、両親はアリアには伝えない事に決めた。

 奇跡的に命を取り留めたアリアを不安にさせたくなかったからだ。


 ただ、5年間眠り続けた事と婚約が解消された事だけは伝えなければいけない。

 アリア本人は、今日王太子と結婚式を挙げると思い込んでいるのだから。

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