第2話:慟哭と真実

リジィ王国暦200年5月5日:王都ロッシ侯爵家屋敷


「うっううううう、殿下、殿下、どうして、どうして……」


 両親から5年も眠っていた事を聞かされたアリア。

 その間に婚約者だったマッティーア王太子が結婚してしまった事も聞かされた。


「ヴィットーリア、どうして私を裏切ったの!」


 親友のヴィットーリアが王太子と結婚したことも教えられた。

 その時には既に妊娠していた事や、実家のモレッティ伯爵家が裏切った事までは教えられなかったが……


「王太子として結婚を待てなかった事は分かります。

 でも、せめて親友のヴィットーリアを選ぶのだけは避けて欲しかった。

 私が奇病にかかって5年間も眠った所為なのは分かっています。

 でも、分かっていても、恨みたくないのに恨んでしまいます。

 うわぁあああああん」


 アリアは声をあげて嘆き訴えていた。

 令嬢としてはしたない態度だと分かっていた。

 5年前のアリアなら絶対にやらなかった事だ。


 だが婚約者と親友が結婚したと聞かされて、精神的に一杯一杯だったのだ。

 口にしなければ心が破裂してしまうくらい痛かったのだ。


 両親からは、ヴィットーリアが妊娠していた事はもちろん、自分が毒殺されかけてからたった1カ月で結婚した事までは、聞かされていなかった。

 

 両親が真実を教えなかったのは正解だった。

 もし真実を教えていたら、悲しみと怒りで死んでしまっていただろう。


(どうしてマッティーアとヴィットーリアが結婚したか教えてあげようか)


「なに、だれ?!」


 突然今まで感じた事のない不思議な感覚に襲われた。

 耳で何かを聞いたわけでなない。

 心の中に湧き出すように言葉が伝わってきたのだ!


(声に出さなくてもいいよ。

 これ以上大きな声を出したら、ご両親が心配する)


(なんなの、なんなの、何が起こっているの!)


(大したことが起きている訳じゃないよ。

 叡智の精霊が、悲惨な目に遭ったアリアに同情して、真実を話してやろうとしているだけさ)


(精霊、あの酷い悪戯をすると言う?!)


(それは妖精!

 人間に悪さをするような下級妖精と一緒にしないでくれ。

 俺様は神にも匹敵する大精霊なのだぞ)


(……私が5年間も眠っていたのは、貴方が酷い悪戯をしたからじゃないの?!

 殿下とヴィットーリアが結婚したのも、貴方の悪戯の所為じゃないの!)


(何度言わせれば気が済む?

 俺様は大精霊で、性格の悪い下級妖精ではない。

 神精霊ともいえる俺様は、普通の人間などに興味はない。

 勝手に殺し合っていればいい。

 ただ、アリアには神聖にモノを感じたから、毒殺から救ってやったのだ)


(毒、殺、なに、どういうこと?!)


(アリアの両親は、目覚めたばかりのアリアを心配して、本当の事を話さなかった。

 マッティーアとヴィットーリアが結託して、クラーラを使ってアリアに毒を飲ませた事を話さなかったのさ)


(うそ、うそよ、そんな事嘘よ!

 私を苦しめようと酷い悪戯を仕掛けているだけだわ!)


(婚約者と親友、乳姉にまで裏切られて殺されかけたのだぞ。

 悔しくはないのか?

 アリアだけではないぞ、両親もこれまで助けてやっていた家門に裏切られ、あれほどやつれてしまったのだぞ。

 何も聞かず、嘆くだけでいいのか?)


(私に何をやらせようというの?)


(……復讐だよ、復讐。

 やられた事はやり返す。

 いや、悪事に対する復讐は3倍返しが相場だ)


(……これも妖精の悪戯ではないの?

 人間同士を、それも恋人や親友を争わせる酷い悪戯ではないの?!)


(そこまで疑うのなら、まずは自分で確かめるがいい。

 両親に本当の事を教えてもらい、家がどうなっているか確かめるのだ。

 その上で、復讐するか泣き寝入りするか決めればいい)


(分かったわ、本当の事を教えてもらうわ)


「だれか、誰かいないの、お父様とお母様にお会いしたいの」


(家門に裏切られたから、従僕や侍女の数が激減しているのだ。

 これだけ広い屋敷を少ない使用人で維持するのは大変なのだ)


 思わず心に中で罵ってしまったアリアだったが、もう叡智の精霊は答えなかった。

 それに、いつもなら控室にいるはずの侍女がいない。

 アリアが眠っている時は、2人の侍女が夜番しているはずなのに。


 アリアは自分で両親を探した。

 不思議な事に、5年間も寝たきりだったのに、普通に歩く事ができた。


 両親を探して屋敷の中を歩く事で、半信半疑だった、5年間も眠っていたという話が本当だと思い知らされた。


 両親が年老いやつれてしまっているので、本当だろうとは思っていたが、まだどこか信じきれない部分があった。


 だが、自分が覚えている頃の屋敷と全く違っている。

 交易や事業が忙し過ぎて、夜になっても煌々と明かりがつけられていたのに、今の屋敷は火の気がなくて肌寒いくらいだった。


 あれほど多くの家臣使用人が忙しくしていたのに、両親の寝室まで誰にも出会わないのだ。


「お父様、入って宜しいですか?」


 結局アリアは父親の執務室まで誰にも会わなかった。

 アリアが知っている屋敷とは全く違っていた。


 叡智の精霊と名乗る、得体のしれない存在の言う事など信じたくはなかったが、信じるしかないのかもしれないと思いだしていた。


(アリア、俺様の事は話すな。

 話したら、アリアが狂ったと思われてしまう。

 俺様の事は話さずに、これからの事を考えたいから、本当の事を教えて欲しいと言うのだ、いいな)


 アリアは叡智の精霊の言う通りにした。

 真実を知らなければ正しい行動ができなくなる。

 幼い頃から帝王学を叩きこまれてきたアリアは、僅かな間に立ち直りかけていた。

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