第14話:飛燕

ロマンシア王国暦215年2月10日王都郊外


 決断した後のロレンツォの行動は、空を飛ぶ燕のように敏捷だった。

 王城内が二派に分かれて主導権争いしている間に、電光石火の速さで王都から出て行った。


 これだけ早く動けるのは、常に最悪の状況を想定して準備しているからだ。

 10万人もの民が住む大陸有数の都市が王都だが、その分必要な物資も多い。


 猛獣や魔獣だけでなく、人間の賊も現れる危険な道を使って物資を運ぶには、護衛を務める人間が必要になる。


 王都にいる冒険者達の主な仕事は、王都に物資を運び入れる商人達の護衛なので、辺境の冒険者よりも対人戦の経験が多い。

 冒険者と言うよりも傭兵と言った方が良いくらいだった。


「今までよく働いてくれた。

 その働きに免じて、望む者には公爵家の徒士位を授ける。

 今後の働きしだいでは騎士位と領地を与えよう」


「「「「「ウォオオオオ」」」」」


 ロレンツォは個人的に雇っていた冒険者達を公爵領に誘った。

 全ての冒険者がその誘いに応じ、家族を連れて移住する事になった。

 王都に住む冒険者達は、王家の危うさを誰よりも知っていた。


 ロレンツォの側近達が雇っていた冒険者もいる。

 公爵家から正規の依頼を受けて密偵をやっていた者達だ。

 彼らも同じ条件でも公爵領に移住する事になった。


 それ以外にも、ロレンツォが側近に与えた金で新たに雇われた冒険者達がいた。

 彼らは王都から公爵家に領都までロレンツォ達を護衛するのだ。

 総勢2000人の冒険者が500人の公爵家一行を護衛する。


 500人の内訳は、王家や他家との交渉、交易や財務をになう文官200人。

 王都屋敷を維持してマリアお嬢様のお世話をする侍女や従僕、従官200人。

 それに王都屋敷を警護していた武官100人だった。


 だが表向き知られているガッロ公爵家の武官は400人だ。

 残る300人は王都の貧民街や平民街にあるアジトに残るのだ。

 表向き知られていない公爵家の密偵と共に。


 彼らが安全に役目を果たすためには莫大な資金が必要だ。

 それも表の帳簿には残らない資金が。


 ロレンツォが側近達に渡していたポケットマネーがそれだ。

 ポケットマネーというにはあまりにも莫大な金額だったが。

 

「ご報告申し上げます。

 ガッロ公爵家一行2500、城門を通りました」


 王城の一角、未だに王家家臣に主導権争いが終わらない大会議室に、王都城門の1つを任されていた騎士が報告に現れた。


「なんだと?!

 公爵家の総数は800人ではなかったのか?!」

「王家に忠誠を誓うと言った連中は嘘をついていたのか?!」

「急いで引っ立てて来い!

 我らを騙した事を後悔させてやる」


「恐れながら申しあげます。

 公爵家の一行には数多くの冒険者が加わっております。

 それもA級からC級までの腕利きばかりでございます」


「人数は、人数は何人だ?!」


「公爵家の権限で詳しい調べを拒否されました。

 ですが1000人は下りません」


 ロレンツォ達がどれほど素早く動こうとも、2500人もの移動が見つからない訳がない。


 まして城門は必ず通らなければいけないのだ。

 貴族とその護衛と言えば、王国騎士団に取り調べであろうと拒否できるが、存在自体は隠せない。


 王都に住む者で、王家とガッロ公爵家の争いを知らない者は誰一人いない。

 公爵家が仕掛けた広報戦は完璧な効果がでていた。


 王城に報告に来た城門の責任者も、内心では公爵家の行動を正当な報復、いや、むしろ王家に対して優しい対応だと思っていたくらいだ。


「国王陛下、直ぐに討伐軍を編成して皆殺しにしましょう」


「国王陛下、もし討伐軍を送られるのでしたら、死を覚悟されてください」


「謀叛だ、ヴァレリオ騎士団長が謀叛を企てたぞ!」


「これ以上陛下を惑わせたら殺すぞ」


「ひぃいいいいい」


 ガッロ公爵家に対する二派に分かれた争いに終わりはなかった。

 基本的に各騎士団長は討伐反対派だった。

 だが、騎士団長の中にも出来損ないがいた。


 王の近臣達が長年かけて積み上げてきた汚職の象徴。

 槍や剣の実力ではなく、賄賂の金額で騎士団長になった者がいるのだ。

 そんな騎士団長達が討伐賛成に回った事で、反対派の旗色が悪くなった。


 だがそれは王家が自滅する愚かな考えだった。

 公爵領への帰還は、マリアお嬢様を哀しませる事なく王家を滅ぼしたいロレンツォが、王家が先に攻撃を仕掛けるように誘った罠だった。


「ふん、自分達だけ無事でいられると思うなよ。

 お前達が押し付けた出来損ないに先陣を切らせるからな」


 ヴァレリオ第1騎士団長は腹を固めて言った。

 最後に赤背魔狼を狩るような雄敵と戦って死ぬのも悪くはない。

 だがその時は、必ず近臣達の一族一門も道ずれにする覚悟だった。


 ヴァレリオ第1騎士団長と同じ考えの騎士団長は他にもいた。

 リッカルド第3騎士団団長のような勇士達は同じ気持ちだった。

 ガッロ公爵家との戦いで死に花を咲かせる気でいた。


 まだ騎士団長の8割は戦士の気概と忠義の心を持っていた。

 自分達だけ死ぬのではなく、王家を貶め王国を堕落させた連中も道ずれにする気だった。。


「先陣なら自ら志願してくれた勇気ある若者が居られます。

 ヴァレリオ団長に脂肪の塊と貶されるような者達を戦わせるまでもない。

 さあ、入って来てください、若き勇者カルロ殿、アンドレア殿……」


 国王の近臣達は、まだ王立魔術学園に在籍している若者達を呼び出した。

 そのほとんどが騎士団長を始めとした、騎士道に誇りを持つ者達の子弟だった。


 マルティクス第1王子が在学中に学園に在籍している者は、その多くが将来の側近候補だった。


 特にヴァレリオ第1騎士団長の長男カルロとリッカルド第3騎士団団長の長男アンドレアは、生徒会で警務係を務めていた。


 王子が学園にいるあいだは、本物の護衛騎士の仕事ぶりを見学して将来に備える、護衛騎士見習いでもあった。


 王子の悪行を止めなかった事で、2人にも厳しい叱責があった。

 それは王国での公的な叱責と、厳格な父親からの叱責だった。

 そんな風に厳しき怒られた騎士の子弟が数多くいた。


 彼らは自分が傷つけて家の名誉を回復させる機会を強く望んでいた。

 悪知恵が働く近臣達はそれを利用したのだ。


 近臣達は名誉を回復させる機会を与えると甘くささやいた。

 更に父親達が王命に逆らって窮地に陥っていると言って不安をあおり、ガッロ公爵家討伐の先陣を願うようにささやいたのだ。

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