愛する義妹が王太子の浮気相手に自殺に追い込まれたので、王太子も浮気相手も地獄に送ってやる
克全
第1話:プロローグ
ロマンシア王国暦215年1月10日ガッロ公爵家王都邸
「ロレンツォ様、大変でございます、ロレンツォ様!」
普段はとても静かな、王国で最も由緒ある公爵家に家臣の声が響き渡る。
これがまだ武門の家臣が騒いでいるのならロレンツォにも理解できた。
莫大な富を蓄えた公爵邸に押し入ろうとする盗賊がいるかもしれない。
だが、悲痛な感情の籠る悲鳴とも言える大声を出しているのは女性だ。
それも普段は腹立たしいくらい沈着冷静な、義妹の乳母だった侍女頭だ。
彼女が大声をあげる理由などロレンツォには全く思い浮かばない。
「何事だ?!」
ロレンツォは感情を抑えた大声で答えた。
侍女頭ほどの女傑が、ロレンツォがいる執務室の遥か遠くから大声で呼びかけるのだから、何か想像もつかない大事が起きたのだろうと考え、普段の礼儀を無視した。
「お嬢様が、マリアお嬢様が!」
侍女頭の言葉を聞いたロレンツォは、他人の目も礼儀作法も全てかなぐり捨てて、王国一高価な執務机に脚をかけて飛び出した。
「マリアお嬢様がどうかしたのか?!」
ロレンツォは、下級貴族なら目玉が飛び出るほど高価なガラス窓が破れそうなほどの大声を出して聞き返した。
聞き返すと同時に、風の速さで侍女頭の所に走って行った。
今でこそ公爵代理として王都で絶大な力を振るうロレンツォだが、公爵家の養子に迎えられるまでは、爵位を持たない公爵家の傍流に過ぎなかった。
ロレンツォが公爵家の養子に迎えられたのは、現公爵の一人娘であるマリアが第一王子と婚約したためだ。
マリアと第一王子が結婚すれば子供が生まれる。
第一子は王家を継ぐが、第二子はガッロ公爵家を継ぐ。
そういう約束が王家と公爵家の間で取り決められているのだ。
ロレンツォは、現当主がマリアの第二子成人までに死んでしまった場合だけ当主になる、できれば当主にさせたくない公爵代理なのだ。
「お嬢様が、マリアお嬢様が、毒を飲まれてしまいました!」
「マリアお嬢様の所に案内しろ!」
普段のロレンツォなら、厳しく男性の出入りが制限されている、女性区域にあるマリアお嬢様の部屋には絶対に近づかない。
義理の兄になったとはいえ、子供ではない男女が近づき過ぎてはいけないから。
だがマリアお嬢様の命がかかっている時に、そんな事は言っていられない。
これまでは慎重なうえにも慎重に行動してきたロレンツォだが、マリアお嬢様を助ける為なら、自重も遠慮も投げ捨てる覚悟だった。
「マリアお嬢様!」
マリアお嬢様の部屋は開け放たれていた。
男性も出入りさせるために、密室にならないように配慮されていた。
その部屋には女性区域専任の女性医師と女性魔術師だけでなく、男性区域専任の男性医師と男性魔術師までがいた。
「毒です、これまで発見された事のない毒です。
解毒ができないので、仮死魔術で止めています」
男性魔術師が簡潔に要点だけをロレンツォに伝えた。
男性魔術師は、ロレンツォが何度も直接通い頭を下げて家臣になってもらった、知る人ぞ知る、王国一の治療魔術師だ。
権力には良からぬ者達が集まってくる。
王位継承権一位である第一王子の寵愛を得ようとするだけならまだ良い。
中にはマリアお嬢様を殺して婚約者の座を奪おうとする者もいる。
だからロレンツォは、義父である現公爵が集めた表に出ている有能な医師や魔術師だけでなく、世に埋もれた名医や魔術師を必死で集めていたのだ。
そんな名医や魔術師が解毒できないほどの、新種の猛毒を用意した敵だ。
二の矢三の矢が放たれる事を覚悟したロレンツォは、素早く敵の手先が部屋の中に紛れ込んでいないか確認した。
「解毒の方法が見つかる可能性は?」
同時に今現在マリアお嬢様を助ける方法があるのかを確かめた。
「限りなく低いです。
残された毒の量が少な過ぎて、調べようがありません。
パーフェクト・ヒールの使い手を探し出す方がまだ可能性があります。
あるいは、毒を作った者を捕らえて調合を吐かせるかです」
この国にパーフェクト・ヒールの使い手はいない。
いや、ここ数十年は大陸規模で使い手が現れていない。
それが分かってのこの言葉は、絶望だと遠回しに言っているのだ。
「手掛かりはあるのか?」
だからロレンツォは犯人を探し出せる当てがあるのかを聞いた。
「これが毒を送ってきた手紙です」
男性魔術師が差し出した手紙には信じられない紋章が押されていた。
事もあろうに、王家の紋章が押されていたのだ。
既に開封されているので、封蝋に押された紋章は形が変わってしまっている。
だが、手紙の表に押されている紋章は間違いなく王家の物で、差出人の名前は第一王子のマルティクスになっている。
マリアお嬢様の届けられる手紙や荷物は厳重に調べられている。
一人が調べるのではなく、幾人もが何段階にも分けて厳重に調べている。
少しでも疑わしいモノがマリアお嬢様の手元に届く事はない。
これがマルティクス第一王子手紙でなかったら、例えどのような高位貴族からの手紙であっても、ロレンツォか王都家令が中身を確かめていた。
恋文であっても確かめるべきだったと、ロレンツォは激しく後悔していた。
だからロレンツォは躊躇うことなく同封されていた手紙の内容を読んだ。
常識から言えば、婚約者である第一王子からマリアお嬢様に送られた手紙を読むなど、マナー違反どころか不敬である。
だがその手紙の内容がマリアお嬢様に毒を飲ませるようなモノであった場合、不敬であろうが何であろうが関係がなかった。
マリアお嬢様を自殺に追い込んだ者を生き地獄に叩き落とし、生まれてきた事を後悔させてやる。
そうロレンツォは心に誓っていた。
今まで使わないようにしてきた力を全て使う覚悟を固めていた。
そう誓わせるだけの文面だったのだ。
「マリア、私は真実の愛を見つけた。
その者と結婚したいから、婚約を解消してくれ。
いや、死んでくれ。
王家と公爵家の婚約を解消するのは色々と面倒だが、マリアが死んでくれたら面倒なく婚約がなくなり、私は真実の愛を成就できる。
マリアが私を愛しているのなら死んでくれ。
それが公爵家に生まれた者の王家に対する忠誠心の証しでもある
ロマンシア王国第一王子、マルティクス・フラヴィオ・ロマンシア」
余りにも非常識で身勝手な内容に怒り、ロレンツォの視界は真っ赤になった。
激怒のあまり、目の毛細血管が切れてしまったのだ。
王家の証し一つである濃い碧眼が、赤い白目に囲われている。
それだけでなく、これまで抑えに抑え、溜めに溜めてきた魔力が溢れてきて、王家の証しの一つである光り輝く金髪が逆立っている。
「全員この手紙を確認しろ。
この恥知らずな手紙がマリアお嬢様を自殺に追い込んだのだ。
表の印章、使われている紙、書かれている文字、手紙に押されている印章、全てマルティクス・フラヴィオ・ロマンシア王子のモノであること間違いないな!?」
ロレンツォから放たれる痛みを感じるほどの殺気に当てられ、誰も直ぐには差し出された手紙を手に取ることができなかった。
だが、マリアお嬢様の乳母でもある侍女頭が動けなかったのは、ほんの一瞬だ。
ロレンツォがマリアお嬢様の為に王子と戦う覚悟を決めたことを悟った侍女頭は、共に戦う覚悟を知らせるべく手紙を手に取り内容を確認した。
「確かに、これまで確認させていただいてきた、マルティクス・フラヴィオ・ロマンシア王子の、印章と筆跡、便箋に間違いありません」
「これまで手紙を読ませて頂いた事はありませんが、以前に送られてきた手紙を読ませて頂けるのなら、比べさせて頂いて証言いたしましょう」
侍女頭が差し出した手紙に手を伸ばしたのは、代々仕える家臣や使用人ではなく、ロレンツォが三顧の礼で迎えた冒険者上がりの魔術師だった。
本来なら誰よりも公爵家に忠誠を使わなければいけない譜代の家臣使用人が、王家に逆らう事を恐れ、普段は新参者と陰口を言っている男性魔術師に後れを取った。
ロレンツォはこの危急の場で家臣使用人を試したのだ。
これほど明らかな証拠を残したマルティクス王子が、素直に罪を認めて罰を受けるはずがない。
証拠の回収隠滅だけでなく、再度マリアお嬢様を殺そうとするのは確実だ。
その魔の手からマリアお嬢様を護るためには、誰が信用出来て誰が信用できないか、早く確実に確かめなければいけなかった。
「公爵閣下に早馬を送ってこの事をお知らせする。
同時に公爵領で兵を集めてもらい、非常時に対応できるようにする」
「ロレンツォ様、それはいくら何でも……」
遅れてやってきた王都家令が、ロレンツォの決意を悟って尻込みした。
「代々恩を受け給料をもらってきたにもかかわらず、公爵家よりも王家を忠誠を誓うと言うのなら、今直ぐ出て行け!」
ロレンツォは射殺すような視線を王都家令に向けた。
いや、王都家令だけでなく、その場にいる家臣使用人全員に向けた。
彼らの返す視線を確認して、誰が信用できるかを確かめた。
「俺はここに神々に誓う!
マリアお嬢様を自殺に追い込んだ者を絶対に許さない!
どのような手段を使おうと、必ず復讐する!
反対する者は今直ぐ公爵家を去れ!
僅かでも邪魔だと判断したら、即座に殺す!」
ロレンツォはパーフェクト・ヒールを使わない事にした。
自分や男性魔術師がいない場所で、生き返らせたマリアお嬢様が殺されるのを恐れたからだ。
マリアお嬢様の安全を優先すれば、時間が完全に止まる仮死魔術をかけた状態にしておくべきだと判断したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます