第3話:交渉
ロマンシア王国暦215年2月1日王城大審理の間
「マルティクス、よく聞くのだ。
王家の印章と便箋を盗まれ利用されると言うのは、絶対に許されない過失なのだ。
それほど王家の印章と便箋は特別な物なのだ。
お前が口にした、王家が特別な存在だからこそ、許されない過失なのだ」
国王は愛するマルティクス王子の罪を少しでも軽くするために、これ以上裁判官や原告、傍聴している貴族達の心証を悪くしないように言って聞かせようとした。
「しかしながら父王陛下、悪いのは盗んだ人間ではありませんか。
盗まれた私は被害者です」
「人の上に立つ資格なし」
ロレンツォが斬り捨てるように言った。
それは、その場にいる多くの貴族の気持ちを代弁していた。
こんな奴が王に成ったら、どんな身勝手な政治をするか分かったのもではない。
自分達の権利と誇りを守るためには、絶対に排斥しなければいけない。
そう貴族達が思うように誘導する言葉だった。
「不敬な!
父王陛下、その者を不敬罪で処刑してください!」
そうマルティクス王子に言われたロレンツォは、毅然とした態度で王を睨んだ。
その決意の籠った視線は『智勇仁を兼備した太陽王』と近臣達に褒め称えられる国王をたじろがせるほどの迫力に満ちていた。
「数々の過失を重ねているにもかかわらず、全く反省の様子を見せない被告には心身の異常が疑われる。
この度の過失も、無能ではなく心身の病からきているのかもしれぬ。
その点を詳しく調べた上でなければ、罪の軽重は決められない」
国王は時間を稼ぎつつ、王子の罪を軽くするために、精神異常を利用にしようとしたのだが……
「恐れながら国王陛下、心身に異常があれば、どのような過失があろうと、罪を犯そうと、裁かれる事がないと言う前例を作られるのですか?
ならば、妹を自殺に追い込まれた私や、一人娘を自殺に追い込まれた公爵閣下が心身に異常をきたし、殺人を犯しても罪は問わないと言う事ですね?」
ロレンツォは慇懃無礼を絵にかいたような態度で言った。
毅然と胸をはり頭をあげて王を睨みつけていた。
王子に罪を償わせないのなら、この手でブチ殺すと目で語っていた。
「そのような事は申していない。
公爵や代理が心身の病から罪を犯しても無罪にはならぬ。
……それは王族であろうと同じだ」
「それは良かったです。
心身の病を理由に、令嬢を慰み者にされて誇りを傷つけられる方がでたり、王家から婚約を持ちかけられたのに、自殺を強要される方が又現れるのか心配になりましたので、陛下の言葉を聞けて安心致しました」
国王は内心とても焦っていた。
背中と脇から嫌な汗が流れていた。
この場にいるほとんど全ての貴族から、蔑みの視線が送られていたから。
「父王陛下、何をしておられるのですか?!
ここまで言われて見過ごすとは、王家の威信が地に落ちますぞ!
このような身の程知らずは処刑してしまえばいいのです!
公爵家の養子ごときが王家に逆らうなど、許されない事ではありませんか?!」
「お前は黙っていろ!
衛兵、心身に異常をきたした被告を連れ出せ!
審理が終わるまで北の塔に閉じ込めておけ!」
これ以上王子を庇っては、自分の威信まで地に落ちる。
王子をこれ以上審理の場に居させては、もっと不利になる事を口にしかねない。
そう思った国王は厳しく対応するように見せかけて王子を逃がした。
「さて、被告の過失は明らかである。
何らかの罰を与えなければいけないのも明らかである。
だが罰を与える場合は、被害者の損害を明らかにしなければならない。
マリア嬢は自殺を強要されたが、亡くなってはいないのだな」
「はい、亡くなられてはいません。
ですが、新種の猛毒のため、仮死魔術を解いた途端に死んでしまいます。
実質死んだも同然でございます。
生半可の罪で済ませると申されるのなら、公爵家にも覚悟があります」
「分かっておる。
だが、王子の罪は過失でしかない。
絶対に許されない重大な過失だが、自殺を強要したのは別人だ」
「国王陛下、裁判長の交代をお願いします。
被告の言葉を疑う事もせずに丸々信じる父親が裁判長では、公平な裁判など行われる訳がありません」
「余が私情で罪を裁かないと申すか!」
「陛下が、私が王子を形だけ幽閉させた真意を見抜けない愚か者だと思いか?!
この場にいる多くの貴族が、陛下の姑息な行いを見抜いていますぞ!
これ以上陛下に対する我らの忠誠心を下げないでいただきたい」
「くっ、分かった、王子が罪を逃れようと嘘を言っている前提で調べ直す。
だが、嘘を言っていると決めつける訳にもいかぬ。
王子が言っているように、誰かが便箋と印章を盗んで悪用した可能性も調べる」
「結構でございます。
王子も真犯人も調べてくださると言うのなら、文句はございません。
ですが、公平な裁きが下されなかったら、マリアお嬢様と公爵家の名誉と誇りを守るために、ありとあらゆる方策を講じると宣言させていただきます」
「そのように脅さなくても公平に調べると言っているであろう!」
「他人に自分の運命を委ねるような貴族など一人もおりません。
公爵家は独自で真実を調べます」
「勝手にしろ!」
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