第4話:密偵

ロマンシア王国暦215年2月1日ガッロ公爵家王都邸


「ご報告申し上げます。

 マリアお嬢様に毒を送りつけたの、マンチーニ男爵家のエリザ嬢と思われます」


 王城大審理の間から戻ったロレンツォは、直ぐに密偵からの報告を聞いた。

 王家がマルティクス王子の悪事を隠蔽する事を前提に、ガッロ公爵家と自分が使える権力と金を惜しみなく使って情報を集めていた。


 ただ、代々公爵家に仕える譜代の家臣使用人は余り信用していなかった。

 マリアお嬢様が毒を飲んだ日の家臣使用人の態度を見て、王家から分かれた公爵家に仕える家臣使用人は、土着貴族の家臣使用人には及ばないと割り切っていた。


 だからこそ、自分が副業で冒険者をしていた頃からの友人や、能力と性格を理解している現役冒険者を雇っていた。

 今日の審理で王城に入る時に、冒険者を従者に仕立てて潜り込ませていた。


「証拠はあるのか?」


「残念ながら、王城にある確かな証拠は確保できませんでした」


 ロレンツォも、冒険者達に王城の奥深くに忍び込んで証拠を集めて来いとまでは言わなかったし、言ってもできるとは思っていなかった。


 マルティクス王子が印章や便箋を使う場所と言えば限られている。

 王城の奥深く、王族が寝起きする本丸や二ノ丸は無理でも、三ノ丸などの外郭部にある証拠なら調べられると思っていた。


「学園の生徒会室にある証拠はまだ隠蔽されていませんでした。

 盗み出す許可をいただけるのなら、今直ぐ戻って集めてきます」


 王族まで通う王立魔術学園は王城内にあった。

 刺客の入り込みやすい平民街や貴族街に王立学園を造ってしまったら、王族を完璧に護る事ができないからだ。


 だから、王侯貴族だけが通う学園は王城内の外郭部に造られた。

 王城内なら、立ち入れるのは王侯貴族出身の学園生徒と、貴族籍を持つ従者だけになるから、刺客が潜り込むのは難しい。


「いや、冒険者である君達に盗みまでさせる訳にはいかない。

 俺が学園に行って証拠を確保してくる」


「公爵代理は国王に目をつけられているのではありませんか?

 王城に戻って学園に入ると言ったら、見張りがつくのではありませんか?」


「これでも学園の元生徒会長だ。

 在学時代に集めた、学園長達が犯していた不正の証拠はまだまだ有効だ。

 お嬢様を守るための、新たに集めた不正の証拠もある。

 マリアお嬢様の義兄で公爵代理でもある俺が、義妹が生徒会室に残した私物を回収したいと申し出れば、後ろ暗い所にある学園長や教師達は断れない」


「相変わらす準備に怠りないな」


「……そんな事はない。

 本当に怠りがなかったら、マリアお嬢様の自殺を止められた。

 もう二度とあんな失敗はしない。

 どのような手段を使っても、誤魔化しようのない証拠を確保する」


「あんなに感情を表さなかったロレンツォがここまで怒るとはな。

 マリアお嬢様がそんなに大切なのか?」


 もう六年以上前になるが、この二人は肩を並べてモンスターを狩り、命を預けるように背中を任せた冒険者仲間だ。

 いつまでも依頼人と冒険者という立場で会話を続けられる仲ではない。


「妹を大切に思わない兄がいるのか?」


「……血は繋がっていないのだろう?」


「血が繋がっていようがいまいが関係ない。

 兄妹の契りを結んだ以上、命を賭して妹を護るのが兄の務めだ」


「ロレンツォにそこまで想われる妹さん会ってみたいぜ」


「ふん、もったいなくてお前なんかに会わせられるか!

 どうしても会いたかったら、俺が期待している位の働きをするんだな」


「だったら北の塔に忍び込んで王子を殺してやろうか?」


「駄目だ、あいつを殺す時が来たら、他の誰にもやらせない。

 俺がこの手で縊り殺してやる。

 いや、マリアお嬢様が飲まれたのと同じ毒を飲ませてやる!」


「ああ、その新種の毒薬だが、心当たりがあると言う奴がいた」


「なに?!

 何処の誰が作った毒薬だ?!」


「残念ながらまだ確証はない。

 だがとても気になる話だった」


「もったいつけずにさっさと言え!」


「邪神を崇拝する連中が、自分達の邪魔になる者を殺すのに使っている毒があるそうなのだが、それがロレンツォから聞いたマリアお嬢様の状態にとても似ている」


「……愚かな王子を籠絡して、この国を邪神を崇拝する国にでもする心算か?」


「さあ、まだマンチーニ男爵家もエリザ嬢も調べきれていない。

 人の配置を変えて、もっとマンチーニ男爵家とエリザ嬢に張り付けるか?」


「そうだな……他に張り付けている密偵を動かす訳にはいかない。

 金は幾ら使っても構わないから、ギルドから人手を集められないか?」


「数を集めるだけなら金を使えばどうにでもなる。

 だが、ある程度の実力があって信用もできる者となると、金では集められない」


「そうか、冒険者のレベルが落ちているのか?」


「おい、おい、おい、何寝言言ってんだ。

 この国全体の冒険者レベルは変わらない。

 王都の優秀な冒険者を根こそぎ公爵領に引き抜いたのはロレンツォだぞ。

 どうしても優秀な人材を戻したいのなら、公爵領に早馬を送れ」


「分かった、急いで王都に優秀な人材を派遣してくれるように早馬を送る。

 だが当面は今いる人間でやらなければならない。

 最近の冒険者の事は分からないから、お前に任せる」


「分かった、できる限り人をやりくりしてみよう」


「俺は学園に行ってくるから後の事は頼んだぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る