第33話:竜頭蛇尾

ロマンシア王国暦215年6月16日:廃城  


「殺せ、皆殺しにしろ!」


 騎士団の強襲に怯えることなく謎の集団が迎え討つ。

 その対応は明らかに荒事、いや、戦闘に慣れた動きだった。


 完全武装した1000騎が肩を並べて一部の隙も無く攻め込む。

 対する謎の集団も、かなりの装備をしている。

 とてもただの山賊や野盗とは思えない。


 邪術や邪法を使う謎の集団だから、魔術師のような服装や装備をしていると騎士達予測していたが、豊かな傭兵団のような装備だった。


「返り討ちにしろ!

 騎士1人殺したら100金だぞ!」


 謎の集団の1人が叫ぶ。


「「「「「おう!」」」」」


 謎の集団、いや、もう傭兵団と言ってもいいだろう。

 邪法を行う者が護衛に雇ったのかもしれない。

 敵対する傭兵団は、金目当てなのか異常に戦意が高かった。


 だが、騎士団には何の動揺もない。

 ロレンツォが選び鍛え抜いた騎士団だから、南北両大陸1精強な騎士団だ。

 敵が百戦錬磨の傭兵団であろうと、圧倒するだけの戦闘力がある。

 

「ギャアアアアア」


「むりだ、かてねぇ、こんな強い連中だとは聞いてねぇぞ!」


 ガッロ大公家の騎士団は集団戦も巧みだった。

 先頭で戦う騎士達は、敵を1人倒したら後列の騎士と交代する。

 

 今回の敵はただ殺せばいいのではない。

 直接戦っている相手の正体は勿論、裏に誰かいるのか聞き出さないといけない?

 居るとしたら、裏で糸を操っている者は誰なのか聞きださなければいけない。


 自分が傷つくことなく、相手を殺さずに捕らえる。

 よほどの力量差がなければ不可能な事だ。

 やれたとしても、心身の消耗が激し過ぎる命令だった。


 そんな過酷な命令を、ガッロ大公家の騎士団は淡々と着実に達成していく。

 攻撃側にも防御側にも不利な点がある廃城なのに、攻撃側の騎士団が圧倒する勢いで攻略していく。


 騎士団にとって不利な点は、足場が悪く空間も限られていて、集団戦を行うには不向きなので、多数の利を生かし難い。


 防衛する側に不利な点は、急ぎ修理再建された廃城だから、どうしても必要な場所しか防御力がなく、そこを突破されると時間稼ぎも難しい。


 そもそも廃棄されるような城だから、何か欠点があるのだ。

 この廃城の場合は、交易の要衝や街道から離れ過ぎている事。

 城の縄張りが狭く、籠れる人数が少ない事。


「ギャアアアアア」


「逃げろ、こんな連中には絶対に勝てねぇ!」


 謎の邪法集団は逃げようとしたが、狭く小さな城なので、正門である追手門と裏門しかなく、その両方から攻め込まれている。

 残された方法は、城壁を内側から越えて逃げるしかない。


「人質はどこだ、何処にいる!?」


「ヒィイイィイ、俺じゃねぇ、俺がやったんじゃねぇ!」


 騎士団の者達は、気絶させる事なく捕らえる事ができた敵に人質の居場所を確認するが、全員が顔を背けて無関係だと言い立てる。


 騎士団の誰もが悪い想像しかできないが、それでも諦めずに着実に進む。

 ほぼ全ての敵を叩きのめして城の中央にある広間に入った時。


「うっ」

「なんだこれは?!」

「うっげぇえええええ」


 精強無比であるガッロ大公家の騎士が思わず絶句したり、我慢できずに喚いてしまったり、中には吐き出す者までいた。

 それほど凄惨な現場になっていた。


 大広間の床と天井と四方の壁には巨大な魔法陣が描かれていたが、その材料はひと目で人間の血液だと分かった。


 だがその部屋にある人の血液は、魔法陣に使われた分だけではなかった。。

 魔法陣の詳細が分からなくなるくらい、床にも天上にも四方の壁にも、飛び散った大量の人血が付着していた。


 騎士団が自分達の目で確かめた情報も、敵から聞き出した情報も、全て廃城の外に待機しているマリア大公とロレンツォ宰相に届けられていた。


「間に合わなかったのですね」


「知らせを受けて即座に出陣したのです。

 大公殿下に責任はありません」


「私が自分の哀しみに閉じ籠らず、悪名を恐れる事もなく、ロマンシア王国を攻め取っていたら、彼らは死なずにすんだのですか?」


「殿下がどのような決断をなされ実行されていたとしても、マルティクスを支援した者達は同じ事をしたと思われます。

 神輿に担ぎ上げられるのが、マルティクスではなかったかもしれません。

 狙われる場所が、この地方ではなかったかもしれません。

 ですが、必ず邪術邪法の実験は行われていました」


「嘘をつかないでください。

 私が即座にロマンシア王国を攻め取っていたら、国がここまで乱れる事がなく、邪法集団に目をつけられなかったかもしれない。

 それくらいの事は分かっています」


「確かにその可能性はあったかもしれません。

 ですが、実行は不可能でした。

 殿下が受けられた心の痛みは並大抵のものではありません。

 名誉のためにマルティクスの首を要求する事はできます。

 国交を断絶してガッロ公爵家を独立させる事もできます。

 ですが国を奪うほどの理由には薄いです。

 今のような状況になって、初めて可能になったのです」


「今日は久しぶりに甘やかしてくれるのですね」


「これほどの惨状に直面されたのです。

 厳しくし過ぎて心が壊れるような事があってはなりません。

 1度心を大きく傷つけてしまった人間は、同じ様な状況に直面した時に、自分を護るために心の中に逃げ込むのです。

 今殿下に逃げられるわけにはいきません」


「お義兄様は何でもよく知っておられるのですね」


「……今はマリアお嬢様のお陰で立ち直っていますが、昔自分も心の殻の中に逃げ込んだ事があります。

 それどころか、何もかも嫌になって、この世界を破壊してやろうかと思った事すらあります」


「私は何もして差し上げた覚えがないのですか?」


「マリアお嬢様が誰にでも優しく接しておられる姿が尊くて、普通に頑張っておられる姿が眩しくて、自分も人に優しくしなければいけないと思えたのです」


「最後は結局逃げてしまいましたよ?」


「臣の方が先に逃げ出した卑怯者です」


「何から逃げたのですか?」


「それは秘密です。

 殿下が、マルティクスに裏切られる前の心を取り戻されたら、お教えさせていただきます」


「何時か教えてくださいね。

 それにしても、もう甘やかしの時間は終わりですか?

 もう少し甘やかしてくれてもいいと思うのですか?」


「無残に殺された者達を弔ってやらなければなりません。

 逃げ出したマルティクスと黒幕を探し出さなければいけません。

 ようやく覇王になる決意をしてくださった殿下の気が変わらないうちに、ロマンシア王国領を支配下に置かなければなりません」


「分かりました、もうこのような想いをするのは嫌ですから、頑張ります。

 ただ、偶には今日のように甘やかさせてください」


「殿下が無理をされていると思ったら、甘やかさせていただきます」

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