第32話:速戦即決

ロマンシア王国暦215年6月13日:ガッロ大公国公城大公執務室


 ロレンツォの本心は、全て秘密で事を終わらせたかった。

 だが、今の状況ではそんな事はできなかった。


 マリア大公殿下を傀儡にしているという噂を払拭しなければいけない。

 もう2度と自殺したりしないように、心身を鍛えなければいけない。

 甘やかしたい心に叱咤激励して、断じてやらなければいけない状況なのだ。


 多くの家臣がいる前で、マリア大公殿下を操り誘導するような事は言えない。

 必要な情報を隠す事も許されない。


 まだ心が癒されていないマリア大公殿下だが、決して愚者ではないのだ。

 心身をすり減らすような過酷な状況で、腐れ外道のマルティクスの手助けをして支え続けていたのだ。


「宰相、由々しき状況です。

 事は緊急を要します。

 今直ぐ出陣します。

 準備不足は宰相を始めとした家臣達の奮戦で補ってもらいます」


 マリアが断固とした決意で命令を下した。

 彼女には謎の集団がやっている事が理解できたのだ。

 ロレンツォもマリアが理解してしまうと思ってい時間稼ぎを諦めたのだ。


「承りました、騎士団に各2頭の替え馬を用意させろ。

 1騎4頭体制で親征を行う。

 昼夜関係なく不眠不休でマルティクスの首を取る!」


 騎士にしても騎兵にしても、正規の豊かな団や隊は普通でも2頭体制だ。

 今回は更に2頭の替え馬を用意して、過酷な遠征に備えるのだ。


「「「「「おう!」」」」」


 ロレンツォとマリアが見抜いた事は簡単な事だった。

 家臣達の大半も見抜けることだった。


 悪辣非道な連中が、祭壇を作って捕虜を洗う理由など1つしかない。

 生贄である!


 人道的な意味でも、人間が生贄にされそうなのを見て見ぬ振りはできない。

 国の指導者としても、人間を生贄にするような儀式でマルティクスが力を得てしまったら、どのような被害を受けるか分からない。


 まだ謎の集団が何者なのか、正確な情報は集まっていない。

 だが、人間を生贄にする邪法邪術を使う集団である事は間違いない。

 危険な芽はできるだけ早く摘んだ方が良い。


 戦場にする場所は、国土からできるだけ遠い方が良い。

 国内に引き込む守勢防御の方が多くの戦力を投入できる。

 敵の補給線が伸びるので、そこを襲って戦闘力を減退させる事もできる。


 だが守勢防御だと、国土が蹂躙され、全ての生産力が落ちてしまうのだ。

 特に農産物の生産量が減ると、敵を撃退できても食糧不足になる。

 戦いに勝っても、後に餓死者が出てしまう可能性があるのだ。


 だから、武田信玄ではないが、田んぼの畔1つでも領地の外側で戦う。

 今回の出陣も、できる事なら邪術邪法が使われる前に、大公国よりもできるだけ遠い場所でマルティクスを殺す。


 生贄の儀式を阻止する事が間に合わなかったとしても、邪術邪法が大公国に向けられる前にマルティクスを殺す。

 そう強く決意しての出陣だった。


 今回のマリア大公親征に付き従ったのは近衛騎士団と第1・2・3騎士団だった。

 近衛騎士団は1000騎全員が付き従っている。

 3個騎士団は、王城を護る留守部隊が必要なので、各300騎が付き従う。


 王城の奥深くを護る役目は厳選された者にしか任せられない。

 敵に寝返る可能性がある者や、敵が送り込んで来た密偵と思われる者に、大切な城の護りは任せられない。


 王城でも外城壁部分なら、徒士団にも任さられるが、中枢の内城部分はもちろん内城壁の巡回は徒士団に任せられない。


 24時間体制で厳重警備をするなら、朝番夕番夜番の3隊で8時間ごとに交代する必要になる。

 公休も必要だから、最低でも7隊を編制する必要がある。


 命懸けの戦争に行くのだ。

 最悪の場合、出征した部隊が全滅する事もありえる。


 普通は戦力の25%も失えば撤退するのだが、大規模殲滅魔術を使われた場合は、全滅する可能性もあるのだ。


 そんな場合、騎士団そのものが消滅してしまっているので、再建するために全く新たな騎士団を創設しなければならない。

 その費用と労力は絶大なモノになる。


 だが、7割の人員が生き残っていれば、3割の人員を補充して訓練すればいい。

 騎士個人の知識や経験だけでなく、騎士団という戦闘集団が蓄積してきた経験、集団戦や団運営といった知識と経験を引き継ぐことができるのだ。


 ★★★★★★


「もう直ぐ敵が拠点としている廃城だ。

 このまま一気に城門を突破して、マルティクスと邪法集団を殲滅する」


「「「「「おう!」」」」」


「今1度体力回復薬を飲んで疲れを癒しておけ」


「「「「「はい」」」」」


 3日3晩不眠不休の行軍だった。

 普通なら絶対に不可能な事を、体力回復薬を使ってやり遂げだ。

 

 騎士達だけでなく、軍馬にも体力回復薬を与えて駆けさせた。

 これも常識で考えれば絶対に不可能な事だった。


 何と言っても人間と馬では身体の造りが全く違う。

 食べる物も必要になる栄養素も違う。

 だから人間と同じ回復薬や回復魔術では効果がない。


 効果がないどころか、下手をしたら毒魔術と同じ効果が出てしまう。

 治す心算でかけた回復魔術で、殺してしまう事すらあるのだ。

 だから、この世界の常識では、人間以外に回復魔術は使わない。


 使えるとしたら、神の奇跡で病やケガを治す聖女や聖者くらいだ。

 神の奇跡、聖魔術と言われる回復魔術を使える者のほとんどは、教会に抱えられてしまっているから、一般的ではないのだ。


 そんな常識を打ち破ったのがロレンツォだった。

 ロレンツォは有り余る魔力を駆使して魔術の研究を繰り返していた。

 その研究成果の1つが、使役動物を治す事の出来る回復魔術だった。


 いや、使役動物用の回復魔術だけではない。

 使役動物用の回復薬まで研究開発したのだ。

 これにより、魔力量に関係なく使役動物を治せるようになったのだ。


「突撃、エリア・ソイルランス」


 ドッガーン!


 急ぎ修理したであろう、真新しい大手門が吹き飛んだ。


「「「「「ウォオオオオ!」」」」」


 騎士達がランスを構えて廃城の中に突撃して行った。

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