第4話

 その店はすぐに見つけることができた。

 ゴールドという黄色い看板が出ており、その周りを電球がチカチカと照らしていた。

 木製の頑丈そうなドアを開けると、ドアに付けられた来客を告げるベルが鳴る。

 店内は女将が言っていたように狭く、カウンターがあるだけの小さなバーだった。


「いらっしゃいませ」


 ちらりと目を向けたバーテンダーが、低い声をかけてくる。

 先客はひとりだけだった。

 適当な席を選び、スツールに腰を下ろすと、深津はウイスキーをロックで注文した。

 静かな店だった。音楽などは掛かっておらず、バーテンダーが酒を作る音だけがその空間を支配している。

 店内は喫煙できるようだったので、バーテンダーに灰皿をもらい、タバコに火をつけた。


 しばらくすると、新しい客が入ってきた。坊主頭で派手なシャツを着た小柄な男だ。常連なのか、男は横柄な態度でバーテンダーにグラスビールを注文すると、まるで値踏みをするかのような無遠慮な目つきで深津のことをジロジロと見た。

 男と目があった。深津は軽く頭を下げるとすぐに目をそらして、ウイスキーに口をつける。

 余計なトラブルは避けるべきだ。S市内で何かを起こせば、片桐に自分の居場所を知られてしまう可能性が高い。まだ、片桐にこちらの居場所を知られるわけにはいかない。深津はそんなことを考えながら、グラスの中身を飲み干した。

 もう一杯飲むべきだろうか。そんなことを考えながらグラスを見つめていると、バーテンダーが近づいてきた。


「何か、飲まれますか」


 その言葉に深津は少しだけ考える素振りを見せたあと、同じものを注文した。


「東京っすか?」


 深津の注文を聞いた坊主頭の男が尋ねてきた。先ほどの横柄な態度とは違い、少しは気を使っているように思えた。


「ええ。仕事で」

「そっか。俺も少し前まで東京にいたんすよ。あ、住んでいたのは埼玉でしたけれどね」


 男はそう言って笑ってみせた。

 なぜ、ここの人たちは自分が東京から来た人間だとわかるのだろうか。深津はそんな疑問を思いながら、バーテンダーから新しいウイスキーの入ったグラスを受け取った。


「なんで、東京から来たってわかるんだ? って顔してますね」

「え?」

「わかっちゃうんすよ。俺も東京から戻ったばかりの時は、言われましたから。東京の人は自分に訛りとかないって思っているんすけれど、あるんすよね、東京訛り。まあ、訛りというか、東京の人っぽい言い方っていうのかな」

「へえ。そうなんですか」

「わかっちゃうよね。ねえ、タローさん」


 坊主頭の男はそう言って、バーテンダーに話を振る。


「そうですね」


 バーテンダーは物静かにそう答えるだけだった。

 まいったな。深津は心の中でつぶやいていた。思った以上に街に溶け込むことができていない。これでは却って目立ってしまっているのではないか。深津は自分の行動の軽率さを呪った。


「結構、この街には東京からの人って来たりするんですか」

「うーん、どうだろう。雪山シーズンならスキー場の方にはたくさん来るけれど、こっちはあまり聞かないよな。ね、タローさん」

「そうですね。あまり東京から来たというお客様は……」


 そこまでバーテンダーは言ってから何かを思い出したかのような顔をしてみせた。


「そういえば、先日来られましたよ。東京の方」

「へー、そうなんだ。どんなやつ?」

「どんなやつと言われましても」


 坊主頭の言葉にバーテンダーは苦笑いを浮かべる。


「ずっとサングラスをされていましたね。特徴といえば、そのくらいでしょうか」

「こんな薄暗い店内でもサングラスかよ。そりゃ、東京の人間だわ。カッコつけやがる」


 坊主頭はそういってゲラゲラと笑ってみせた。

 東京から来たサングラスの男。それだけの情報では不十分だったが、深津にはそれが片桐なのではないかという気がしていた。片桐は築山に襲われて片目を失っており、いつも色の濃いサングラスを着用していた。片目しか無いから、隻眼の鷹。片桐はそう呼ばれているのだ。

 もし、片桐がこの店にやって来ていたとするならば、意外と近くに片桐はいるのかもしれない。

 妙な緊張感を覚えながら、深津はウイスキーグラスに唇を触れさせた。

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