第3話
トンネルを抜けると、S市に入った。
S市内に入ると景色は一変した。いままでは山の中を走っているといった感じだったが、急に山が消え、街の中に入ったといった感じだ。高層の建物が立ち並び、乗用車も多く行き交っている。
大型のショッピングモールを見つけ、深津はその駐車場に車を入れた。数百台規模で入れる大きな駐車場のほとんどは空いており、なるべく店舗から近い場所に車を駐車した。
ショッピングモールは東京の郊外でもよく目にするものだった。入っている店もあまり変わらない。
書店を見つけて中に入ると雑誌コーナーで、雑誌を手に取りパラパラとめくった。目的は雑誌の立ち読みではなかった。尾行者がいるかどうか確認するためだった。
しばらく本屋で立ち読みをして、尾行者がいないことを確認したあと、深津は駐車場へと戻った。
周りに駐車されている車のほとんどがS市ナンバーだった。東京のナンバーは、深津の乗ってきたBMWくらいであり、逆に目立っているような気がした。どこかで車を乗り換えるべきだろう。そう考え、ここから一番近いターミナル駅へと向かうことにした。
S市内にあるターミナル駅の長期間利用の駐車場に車を入れて、駅周辺を少し歩いてみた。S市はラーメンが名物らしく、S市の冠がついたラーメン屋が多く存在していた。その中の一軒にふらりと立ち寄り、名物であるSラーメンを食べてみた。醤油ベースのラーメンで肉と野菜がたっぷりと入っていた。東京ではあまり目にしないSラーメンだが、東京に進出しても流行りそうな気がした。
食事を終えてレンタカーを借りるために、駅へと戻ろうとしたところで深津のスマートフォンが着信を告げた。ディスプレイには非通知という文字が表示されている。
「もしもし――」
「S市に入ったようですね」
相手は佐久間だった。考えてみれば、この電話は佐久間から受け取ったものであり、佐久間以外に深津がこの電話を持っているということを知っている人間はいなかった。だから、必然的に掛けてくる相手も佐久間に限られるはずだ。
「なんだ、GPSで監視でもしているのか」
「まあ、そんなところです」
佐久間は否定をしなかった。GPSは車とスマホのどちらのものを監視しているのだろうか。ふと、そんな疑問を覚えたが、すぐに深津は思い直した。きっと佐久間のことだ、両方で監視をしているのだろう、と。
「片桐がS市を拠点としてる組織に接触しているようです」
「組織? 暴力団か何かか?」
「いえ、表向きは普通の会社を装っているところです」
「なんだか、面倒臭そうだな。何なんだ、その連中は」
「業界では掃除屋とか呼ばれていますね。腕は確かですよ」
「
深津は笑いながら言った。
「そんなことはありませんよ、深津さん。他人事ではないからこそ、こうやって深津さんに連絡を入れているんじゃないですか」
「まあ、そうだな。お前には感謝しているよ、佐久間」
そう言って、深津は電話を切った。
敵は片桐ひとりだけではなくなった。面倒なことだ。だが、やることは変わらない。美紀を連れて帰る。それだけだ。深津はそのことを再確認すると、駅前のレンタカー会社に入り、四人乗りの乗用車を借りた。
しばらく街の中を周ってみたが、これといって治安が悪そうな場所や目立った歓楽街のような場所は見当たらなかった。一番発展しているのは駅前であり、あとは少し離れた場所にある市役所周辺に店舗などが集中しているようだ。もう少し山側に行けば、スキー客相手のホテルなどが立ち並ぶエリアがあるのだろう。だが、いまはオフシーズンであるため、人はほとんどいないはずだ。地元の人間以外がその様な場所へ行けば目立ってしまうだろう。
片桐はS市に溶け込めているのだろうか。高校生の娘を連れた市外からやって来た男の姿は、目立ってはいないだろうか。もし、罠を張って、相手を誘い込むとするならば、どこを選ぶだろうか。掃除屋と呼ばれる連中とは、どのようにして繋がったのだろうか。様々なことを考えながら、深津はハンドルを握っていた。
市内を二時間ほど掛けて周った後、駅前のビジネスホテルに深津は入った。ホテルは佐久間が別人名義で予約してくれたものであり、その別人名義の免許証を深津は渡されていた。
ベッドだけが設置されている狭い部屋だったが、寝るだけの部屋なので問題はなかった。
着替えなどが入ったカバンを部屋に置くと、貴重品だけを入れた小さなカバンを持って出かけることにした。車はホテルの駐車場に入れたままにしておき、徒歩で移動する。
すでに日が暮れ始めているということもあり、駅前はスーツ姿のサラリーマンの姿が多く見受けられた。S市は県庁所在地ではないものの、人口数ではN県内ではS市に続く大型都市であり、駅前には商業施設などが揃っていることから、大勢の人で賑わっていた。
深津は少し駅周辺を歩き、チェーン店ではない個人経営の居酒屋を見つけて中に入った。
カウンター席とテーブル席が2つほどのこじんまりとした店であり、髪を短く刈り上げた中年の店主がカウンターの中に立っていた。
「いらっしゃい」
「1名で」
そんなやり取りをして、深津はカウンターの席に腰を下ろす。まだ早い時間だからか、深津以外に客はいなかった。
瓶ビールを一本頼み、メニューへと目を通す。S市は山間部に存在しているが、海も近いため、肉も魚も揃っているようだった。
カウンターのところにぶら下がっている黒板には、本日のおすすめとして旬の魚が書かれており、深津はそれを刺し身で注文した。
「お客さん、東京からですか?」
刺し身を持ってきた女将さんが聞いてくる。
「ええ。わかりますか」
さりげない世間話。その程度だろう。深津はあまり質問の意図を考えずに答えた。
「やっぱり。こっちの人とはちょっと雰囲気が違うなって思いましてね」
「そういうのって、わかるものですか」
「わかりますよ。ねえ、大将」
「ああ。確かにお客さんは東京の人っぽいわ」
そんな事を言って笑う。
普段、サラリーマンとして一般社会に溶け込むことのできている深津にとって、このくらいの会話は問題なく交わすことができた。もし、サラリーマンとしての生活がなかったら、警戒をして何も喋れなかったかもしれない。深津はそんなことを思いながら、冷えたビールを手酌でコップに注いだ。
大将と女将さんとの会話は、その程度で終わった。ちょうど、その後で別の客が店に入ってきたのだ。
ビールを一本飲み終えたところで、深津は席を立った。
「このあたりで、バーみたいなところって無いかな?」
勘定を済ませながら、深津は女将に聞いてみた。
「うーん、そうねえ。向かいの道をまっすぐ行ったところに、ゴールドっていう店があるけれど。小さいお店だけれど、結構おしゃれだから、東京の人でも気にいるんじゃないかしら」
「へえ、ちょっと行ってみようかな。ごちそうさま」
深津はそう言って釣りを受け取ると、店を出た。
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