第11話
向かう先は正面玄関ではなく、職員通用口だった。
職員通用口にある警備員詰め所には初老の警備員がいたが、新聞に目を落としたまま目の前を通っていく深津には目をくれようともしなかった。
貨物用エレヴェーターの前まで行くと、背広姿の二人組がいて、深津に鋭い視線を投げて寄越した。
おそらく刑事だ。
深津はその二人組みの視線を受け流すと、エレベーターが来るのを待った。
「あの、失礼ですが、こちらの職員の方でしょうか?」
「いえ、違いますけど」
深津の言葉に相手の顔つきが少し変化した。一人が背広の内ポケットから身分証を取り出し、深津に見せた。身分証によれば、男は警視庁機動捜査隊の刑事だった。
「深津です。築山の件で呼ばれてきました」
「それは失礼しました」
ちょうどその時、貨物用エレベーターが来た。
エレベーターに乗り込んだ深津に、二人の刑事は頭を下げた。深津は二人の刑事から視線を逸らすと、行き先である3階のボタンを押し、エレヴェーター扉を閉じた。
3階の廊下は、制服姿の警察官や一目で刑事とわかる人間で溢れかえっていた。
深津が築山の部屋である304号室の入り口まで来ると、紺色のブルゾンを着た中年男が待っていて、深津に頭を下げた。
「先ほど電話をした、警視庁の後藤です。早速ですいませんが、身元の確認をお願いします」
深津は後藤に言われて、病室の中へと足を踏み入れた。
病室内では鑑識の人間と思われる連中がテレビドラマなどで見られるような、写真を撮ったり、指紋の採取をしたりといった作業を行なっている。
ベッドの上に築山は横たわっていた。
その姿は先週の土曜日に会った時と変わっていないかのように見えた。
ただ、一つだけ違う点があった。それは築山が死んでいるということである。
首の骨が折れていた。看護師に発見された時、築山はベッドから落ちて床の上に倒れていたとのことだった。その時、首が不自然な形で曲がっていたという。
警察は事故と事件の両方を考えて捜査を行っているとのことだったが、深津にはこれが事故ではないとわかっていた。
築山は殺された。
深津にはどうやって築山が殺されたのか、手に取るようにわかった。
相手の首を折る技だ。この菩薩を築山は得意としていた。
深津の知る限り、この菩薩を使うことができる人間は3人いた。
築山と自分、そしてあの男だった。
あの男が築山を殺したというのだろうか。
深津の中に疑問が残った。
あの男が築山を殺せたということなのだろうか。
殺された築山の表情は、まるで菩薩のように安らかな顔をしていた。
これが菩薩という技の名前の由来でもあった。
築山の身元確認を終えた深津は、後藤に告げた。
「義父です。築山に間違いありません」
「ご愁傷様です」
後藤は神妙な顔で、深津に言った。
その後、遅れてやってきた雪枝と美紀に事情を説明し、嗚咽をあげながら泣く雪枝を娘の美紀に任せて、深津は警察からの事情聴取を受けるために最寄りの所轄署へと移動した。
その事情聴取はもちろん、深津を犯人と疑うものではなく、築山の人間関係や恨まれるような事はあっただろうかという、犯人探しに繋がるようなものばかりであった。
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