第12話

 五時間という長い事情聴取を終えた深津は、自宅に戻ると熱いシャワーを浴びた。

 雪枝と美紀はもう休んだようで、部屋の電気は消えていた。

 築山の死体は、司法解剖にまわされる事となった。

 雪枝は反対したが、死因が死因なだけに司法解剖は避けて通る事はできなかったようだ。


 シャワーを浴びながら、なぜ築山がいま殺害されなければならなかったのかを考えていた。

 あの男に築山を狙うチャンスは、いままでも何度もあったはずだ。

 末期ガンに冒され、余命幾ばくも無くなった築山を殺す。別に自分の手を汚さなくとも、数か月後には築山は死んでいたはずだ。

 それともあの男には、いま築山を殺さなければならない理由でもあったというのだろうか。だから、余命幾ばくも無くなった築山を殺したのだろうか。

 色々と考えてみたが、結局は何もわからなかった。

 ただ、あの男が築山を殺したという事実以外は。


 風呂から上がると、冷蔵庫からビールを取り出しプルトップを開けた。

 よく冷えた液体が喉を通り抜けていく。

 築山の親父は、仕事をした後によく冷えたビールを飲むのが好きだった。いつもと変わらない、不機嫌な表情で一気にビールを飲み干す。表情は不機嫌であるにも関わらず、飲んだ後には必ず「美味い」というのが、おかしかった。


「あなた、帰ってきたの?」


 キッチンからリビングへ入っていくと、ソファーに座る妻の姿があった。


「寝ていたんじゃないのか?」

「ええ、少しだけ寝たわ」


 声に力が全く感じられなかった。雪枝は完全に憔悴しきっている。


「明日からは色々と忙しくなるんだ。眠れなくてもベッドに入っていた方がいい」

「……ねえ、あなたは父の仇を討つつもりなの?」

「カタキ?」

「わたし、父とあなたが仕事をしていた事は知っているわ。父はわたしのことを騙しきっていると信じていたみたいだったけど。わたしは全て知っているわ」


 雪枝が自分と築山がやっていた仕事を知っていたというのは、深津にとって意外な事だった。深津も築山同様に雪枝は何も知らないものだと信じきっていたのだ。


「前の夫……片桐が全部話してくれたのよ。わたしと別れる前に」


 雪枝はそう言うと、頬を引きらせるようにして笑った。


 雪枝の前の夫、片桐隆行については、深津もよく知る人物であった。

 深津と同じく築山の弟子であり、深津にとっては実の兄のように慕っていた人物でもあった。そして、片桐は美紀の父親でもある。

 築山は片桐と雪枝が一緒になることに反対していたと聞いている。しかし、雪枝の腹の中にはすでに美紀が宿っていた。そのため、築山は強く反対をすることは出来なかった。

 渋々ではあったが、ふたりの結婚を築山は認め、祝福した。

 だが、片桐はそんな築山のことを裏切った。

 片桐は築山に黙って、裏で仕事をしていたのだ。

 金さえ積めば、どんな仕事でも引き受ける。女であろうと子供であろうと、容赦なく手に掛ける。片桐はそんな男に変貌していた。深津の知る兄のように優しかった片桐はどこにもいなくなっていたのだ。

 そのことを知った築山は片桐のことを破門にすると宣告した。


 そして、事件は起きた。

 築山は片桐を深夜のビル建設現場へと呼び出した。その場には深津も同席したが、築山からなぜ片桐を呼び出したのかは教えられてはいなかった。

 もしかしたら、ふたりは和解することが出来るのかもしれない。そんな淡い期待を持ったりもしていたが、深津の考えは間違っていた。


 築山は呼び出しに応じてやってきた片桐に、襲い掛かった。

 片桐は命からがら逃げ出したが、その代償として左目を失っていた。

 それでもいい方だったのかもしれない。あの築山に狙われて左目を失うだけで済んだのだから。


 その日を最後に片桐は姿を消した。仕事をしているという話も耳に入ってはこなかった。

 しかし、先日その名前を耳にすることとなった。

 隻眼の鷹。そう呼ばれる、凄腕の殺し屋がいる。

 その情報を深津と築山の耳に入れたのは佐久間だった。

 片桐隆行は稼業から足を洗ってはいない。いまでも復讐の時を虎視眈々と狙っている、と。

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