第10話

 あの日以来、佐久間は何かと深津に連絡をしてくるようになった。

 口調も横柄なものから、丁寧なものに変わっており、仕事を直接深津に持ってくることも多くなった。


「最近はひとりで仕事していることが多くなったみたいじゃないか、マサ」

 ある日、車の中で片桐がそう言った。

 車は深津が運転しており、片桐は後部座席にいた。


「別にそんなことはない。築山の親父も忙しいみたいだから」

「まあ、そうだな。親父は最近、忙しそうだ」

 片桐はそう言うと、腕組みをしたままシートに寄りかかるようにして目を閉じた。


 確かに片桐の言う通りだった。最近は、深津がひとりで仕事を行う回数が増えてきていた。それに築山も忙しいようで、あまり連絡をしてこなくなっている。

 築山の正確な年齢はわからないが、きっと会社にいる定年間際の上司よりも築山の方が年上だろう。築山の髪の毛に白髪が混じってきていることに、深津は気づいていた。


「マサ、たまには俺と二人で仕事をしてみないか」

「え?」

「簡単なやつだよ」


 片桐はそう言うと、ジャケットの内ポケットから煙草を取り出して、口にくわえた。

 普段であれば、深津が火をつけてやるのだが、いまはハンドルを握っているため、それはできなかった。


「とある暴力団から、金を奪うのさ」

「大丈夫なのか」

「問題ないさ。非合法な金だから奴らが警察に泣きつくことは無い」

 ルームミラー越しに片桐の顔を見ていたが、片桐は深津とは目を合わせようとはしなかった。


 それから数日後、片桐が道場で築山にボコボコにされる姿を深津は目撃することとなる。

 話によれば、築山に黙って片桐が仕事をしていたとのことだった。

 その仕事というのが、暴力団組織の金を奪うというものであり、深津が片桐に誘われた仕事と同じ内容だった。どうやら、深津を誘う以前から片桐はそういった仕事をやっていたようだ。


「勝手なことばかりやってんじゃねえぞ、タカ」


 抵抗できずに身体を丸めて急所を守る片桐の肋骨のあたりを築山は蹴りつける。

 片桐はボコボコにされながらも、その築山からの制裁を必死に耐えていた。

 しばらく築山からの制裁は続いたが、片桐が気を失ったところで、それは終わった。


「おい、マサ。お前はあとで『さとう』に顔を出せ」

 乱れた息を整えながら築山は言うと、道場を出ていった。


 深津は気を失っている片桐に駆け寄り、声を掛けて意識を取り戻させた。


「……くそ、こんなはずじゃなかったのにな」

 片桐は悔しそうな口調でそう言うと、血の混じった唾を道場の床に吐き捨てた。


「なんで、バレたと思う」

「え? 親父には内緒だったのか」

「そうだよ。この仕事は親父には言っていなかった。マサ、お前じゃねえだろうな」

 凄んだような口調で片桐は深津に言う。


「まさか。俺はタカさんがひとりで仕事をしていたなんて知らなかった」

「お前を信じているんだぜ、マサ」

「わかっているよ」


 深津がそう言って、片桐のポケットから煙草を取ってやり、口に咥えさせて、火をつけた。


「俺には金が必要なんだ、マサ」

「え?」

「子どもが生まれるんだ」

「え?」

「だから、もっと稼ぎのいい仕事をする必要があるんだ」

 片桐は遠くを見るような目をしながら言うと、煙草を床に擦り付けて火を消した。


 その子どもというのが、築山の娘である雪枝のお腹にいる子であり、のちの美紀であるということなど深津は知る由もなかった。


 ひとりでは歩くこともできない片桐のことを自宅マンションへ送り届けた深津は、その足で『さとう』へと向かった。

 いつものように奥座敷の小上がりに通されると、そこには築山と佐久間の姿があった。


「ちょうどいいタイミングで来たな、マサ。仕事の話だ。ほら、座れ」

 築山はそう言うと、深津を佐久間の正面に座らせる。


 すでに築山の前には空になった徳利がいくつか置かれていたが、築山が酔っている様子はなかった。

 深津が座ったところで、佐久間が口を開いた。


「今回の仕事は、ちょっと大きなヤマです」

 佐久間は声を潜めるようにして言うと、仕事の話をはじめた。

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