第5話

 どこにでもいるようなチンピラだった。

 人数は三人。何をやったのかは知らないが、三人とも始末するようにというのが今回の依頼だそうだ。三人の顔写真は揃えられていた。どれも証明写真をコピーしたもののようで、真面目な顔をしてこちらをじっと見ている。おそらく、これは佐久間が揃えてきたものなのだろう。


 片桐の運転する車の後部座席で築山から指示を受けた深津は、二〇分という時間を与えられた。二〇分以内に戻ってこなければ、片桐は深津を置いて去って行ってしまうという意味だ。使用する道具はナイフ一本だけだった。相手が飛び道具を持っているかもしれないという事前情報も与えられた。しかし、それを聞いたところで深津にはどうすることも出来なかった。やるべきことをやるだけだ。深津は車を降りると、その三人がいるという倉庫へと向かった。


 夜の埠頭には、誰も居なかった。普段であれば警備員がいるはずの詰所の中も無人である。

 足元はスニーカーだった。スニーカーは足音を立てないため、この仕事では重宝されていた。


 大きな倉庫だった。搬入用の扉は鎖と南京錠でしっかりと閉じられていたが、その脇にある通用口のドアは鍵も掛かっていなかった。これも事前情報で伝えられていたことだった。

 音を立てずに倉庫の中に入り込むと、倉庫内にあるプレハブ小屋で作られた事務所に明かりが点いていた。

 物陰からその事務所を覗き、確認をする。中には三人の男がいた。三人ともテレビの方を見ており、深津が倉庫内に入ってきたことには気づいてはいないようだった。

 あとは、どのタイミングで飛び込むかということだけだった。相手は三人であり、拳銃を持っている恐れもある。こちらは深津ひとりだ。正面から突っ込んでいけば、返り討ちにあうのは目に見えていた。


 物陰から物陰へと移動して、倉庫内の電源装置がある場所へと向かう。この電源装置の場所も事前に築山から教えられていた。おそらく、こういった事前情報もすべて佐久間が仕入れてきたものなのだろう。

 電源装置のところまで辿りついた深津は電源装置のレバーへと手を伸ばした。これを引き下ろせば、倉庫内の電気はすべて消えるはずだ。

 そして、深津が力を込めてレバーを引くと、倉庫内の電源がすべて落ち、真っ暗になった。


「おい、なんだ」

「どうした」


 事務所内にいた男たちが騒ぎ出す。

 深津は闇の中に身を潜め、三人の様子をうかがっていた。


「ブレ―カーじゃないのか」

「ちょっと見て来いよ」

 そんな会話を深津は闇の中で息を殺して聞いていた。


 三人がバラバラになる。それが最初のチャンスだった。

 ひとりの男がブレーカーを調べるために深津の方へと近づいてきた。手には懐中電灯を持っている。


 深津は音を立てずに男の背後に忍び寄ると、男の口を手のひらで塞いでから、力強くその腕を引いた。確かな手ごたえがあった。力が抜けていく男の身体を支え、音を立てないようにゆっくりと地面へと寝かせた。

 念のために、男の顔の前に手のひらを置いてみたが、男の息は感じられなかった。

 なんだ、こんなに簡単なのか。

 はじめて人をあやめた。しかし、何の感情も湧いてこなかった。もっと興奮したり、恐怖を感じたりするのかと思っていたが、そうではなかった。ただ、人を殺した。その事実があるだけだ。


 深津は殺した男から懐中電灯を奪い、それを手に持ってブレーカーの方へと歩いた。

 闇の中では深津であるか、それともあの男であるかはわからない。残りのふたりを騙すためにも深津は男が取るであろう行動を真似てみたのだ。

 ブレーカーのところまで行った深津は、踵を返すようにして事務所の方へと歩きはじめた。ブレーカーでは無い。そう残った男たちに知らせるためのような演技をして見せる。

 そして、もう一人の男に近づいて行ったとき、懐中電灯の明かりを男の顔に当てて目を眩ませた。


「おい、ふざけるな」


 男は慌てて顔を光から守ろうと両手を上げた。

 その瞬間、深津の足は地を蹴っていた。

 スニーカーのつま先が男の股間を蹴り上げていた。

 男は悲鳴に近い甲高い声をあげながら、その場に崩れ落ちた。


「なんだ、どうした?」


 もう一人の男が異変に気付いて、声を上げる。

 その声によって、深津はもうひとりの居場所を見つけることができた。

 闇の中で慌てて動く男を捉えた深津は懐中電灯の明かりを消して、音もなく忍び寄ると、男の背後から首筋を掴んで柔道の投げ技のように自分の腰に乗せるようにして男の身体を宙へと放った。

 宙に浮いた男の身体は、そのまま全体重を頭に乗せてコンクリートの床の上へと落下する。もちろん、受け身などは取れるはずがなかった。深津が受け身が取れないように投げたのだ。

 何かが壊れるような音がした。その音が男の聞いた最後の音になっただろう。それは自分の頭が潰れる音だった。


 深津は先ほど、股間を蹴り上げてやった男に近づくと首にナイフを当てた。


「金庫の番号」

 短くそれだけを言う。


「た、助けてくれ。助けてくれ」

「金庫の番号だ」

「わ、わかった。言う、言うから、殺さないでくれ」


 深津はナイフを男の首に少しだけ押し込む。男に皮膚が切れてぷつぷつと血がにじみ出てくる。

 男は早口言葉のように数字をいくつか並べて言う。


「嘘を言ったら殺すぞ」

「う、嘘なんて言わない。本当だ」

「じゃあ、開けろ」


 深津はそう言って、男の髪を掴むと金庫の前まで引きずっていった。

 男の首からナイフを外し、懐中電灯で金庫の方を照らしてやる。

 男は震える手で金庫のダイヤルを動かしはじめた。


「おれはやめようって言ったんだ。組のブツを横取りするなんて危険すぎるって……」

 涙を流しながら、男は言い訳をする。

 それは、深津にとってどうでもいい言い訳だった。


「黙って、さっさと開けろ」

 深津は男の尻を蹴り上げる。

 そろそろ約束の二〇分が近づいてきていた。


「あ、開かない」

「ちゃんとやれ」

 深津はそう言って、男の首筋にナイフを当てて少しだけ強く押し込んだ。首の皮が切れ、男が小さく悲鳴を上げる。別にこのくらいで死んだりはしない。


「開けます。開けますから、助けてください」

 男は小便を漏らし、泣きながら金庫のダイヤルを回した。


 しばらくすると、金属と金属が噛み合うような甲高い音が聞こえた。金庫が開いたのだ。男が金庫の扉を開けると、中にはビニールに包まれた塊がいくつか入っていた。


 もう、この男には用はない。深津がナイフで男の首を切ろうとした瞬間、男が深津の腰にしがみついてきた。

 完全な不意打ちだった。

 深津は思わずよろけてしまい、手からナイフが零れ落ちる。

 男が深津に馬乗りになる。


「な、なめんじゃねえぞ。くそが。どうせ組が送り込んだヒットマンだろ」


 男はそう言うと、深津の顔を拳で殴りつけて来た。

 一発、二発と深津は男の拳を顔面に受ける。

 そして、三発目が来た瞬間、深津は自分の腕を伸ばしていた。


 男は殴るために身体を前かがみにしていた。それが男の災難だった。

 深津の突き出した親指が男の眼球に刺さった。

 目に指を入れられた男は慌てて顔を引こうとするが、深津がそれをさせなかった。

 深津は目に突っ込んだ親指に力を入れるようにして男の頭を掴むと、そのまま力強く自分の方へと男の頭を引き寄せる。

 男は暴れようとしたが、深津の親指が眼球に刺さったまま頭蓋骨をしっかりと掴んでいるため逃げることはできない。

 そして、深津は腕を振るようにして、男の頭を回した。

 首の骨と筋肉の繊維が壊れる音が聞こえた。

 命の灯が消える。

 そんな感覚が深津の手の中にはあった。


 立ち上がった深津は、何事もなかったかのように倉庫を後にした。

 深津が車に戻った時、すでにエンジンは掛った状態となっていた。

 もう少し遅かったら、置いて行かれていたかもしれない。

 深津が後部座席に乗り込むと同時に片桐は車を出した。


 金庫の中身には手を触れなかったし、はっきりと中身を見たわけでもなかった。ただ、深津は言われたことをやっただけだ。あの三人がどこの誰であるかも知らない。


 翌日の新聞で倉庫のことが出ることも無かったし、築山や片桐があの倉庫のことを話題とすることもなかった。

 こうして、深津の初仕事は終わったのだった。

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