第3話
日曜日。深津の姿は市立病院の駐車場にあった。
サングラスを銀縁の
無駄に広い駐車場。それでも、駐車スペースは数えるほどしか空いていなかった。いくら大型の総合病院であるといっても、病院の駐車場がこれだけ埋まっているというのは、なんだか妙な感じだった。
少し離れたところにある正面入口には向かわず、駐車場と直結している職員通用口から深津は中に入った。
入ってすぐのところに、警備員の詰め所があったが日曜日ということもあり、中は無人だった。
誰もいない廊下を進み、角を曲がったところにある貨物用エレベーターに乗り込む。
向かう先である3階のボタンを押して、エレベーターの現在いる階数が表示される電子表示板へと深津は目をやる。電子表示板の少し下には防犯用カメラのレンズがあったが、気にしなかった。警備員は詰め所にはいない。そのことを知っているからだった。
エレベーターを3階で降りた深津は、所々のタイルがひび割れている廊下を歩いた。消毒液のような独特な匂いが鼻孔をくすぐる。この独特な匂いがなければ、ここは本当に病院なのかと疑いたくなるような薄暗い廊下だった。
廊下の突き当たりにある部屋が304号室であるということは、院内の案内図で確認済みだった。
304と書かれた看板の下には、その病室に入っている患者の名前が書かれており、その名前は一名分しか書かれていなかった。そこに「
病室に入ると、先ほどから鼻腔をくすぐっていた消毒液のような匂いの強さが増した。
築山の部屋は個室だった。病室の真ん中に置かれたベッドの上に老人が横たわっている。それが築山だった。無理やり生かされている。ベッドに横たわる築山を見た時に深津が抱いた印象だった。
ベッドサイドにある花瓶には、花が生けてあった。先週見舞いに来た時に、妻が生けたものだった。すでに花は枯れていたため、深津は花瓶から花を抜き取るとゴミ箱の中へと放り込んだ。
花と築山。これほど似合わない組み合わせは無いだろう。
思わず笑みがこぼれる。
「なにが、そんなに面白い」
眠っていると思っていた築山が、横になったまま片目だけを開けて、こちらを見ていた。皺だらけとなった顔からは、表情を読み取ることはできなかった。
「別に、何でもありません」
深津は築山の顔から目をそらすと、窓際に移動した。擦りガラス状の窓を開け、室内に風を送り込む。その間に、顔から表情は消しておいた。
「雪枝は元気にしているか?」
築山が言った。先ほどよりも声に生気が甦ってきているように思えた。
雪枝は、築山のひとり娘だった。
「はい。きょうは日舞の稽古があるとかで、一緒には来られませんでした」
深津は嘘を吐いた。本当は雪枝には黙って、ここへやって来た。病院に行くと知れば、必ず雪枝は一緒に行くというだろう。だが、きょうは連れて来たくはなかった。ひさしぶりに築山と
深津の言葉に、築山は少し寂しそうな表情をみせた。
深津の知る昔の築山からは想像もできない
「美紀は幾つになったんだ?」
「たしか、17になったはずですよ。高校2年ですから」
美紀というのは雪枝の娘であり、現在は深津の血の繋がらない娘でもあった。美紀は雪枝の連れ子だった。雪枝と結婚して3年になるが、未だに美紀は深津のことを父親として認めてはくれていなかった。
「そうか。17歳か」
孫の年齢を呟くようにいうと、築山は皺だらけの細い首を二、三度上下させた。
そういえば、築山は幾つになったのだろうか。ひとり娘である雪枝が今年で37になるのだから、少なく見積もっても50は過ぎているはずだ。だが、いまの築山の姿は年齢も想像できないぐらいに弱々しかった。下手したら80に手が届くのではないだろうかと思えるぐらいだ。
「引退して、何年になった?」
質問攻めだな。深津は心のなかで、そう思った。
だが、無理も無いだろう。築山は一日中、誰もいない病室のベッドの上で寝ているだけの毎日を送っているのだ。少しでも、外の情報が欲しいのだろう。
「もう、3年になります」
「そうか、3年か。少し太ったな」
遠くを見るような目で築山はいった。
深津には、築山がなにを考えているのかわからなかった。
「俺も、もう長くはない」
「なにを弱気なことを言っているんですか」
「人の死に多く関わってきただけに、それがわかるんだよ。皮肉なもんだな。お前も、本当はそれを感じ取っているんだろ」
深津はなにも答えなかった。築山の言う通りだった。築山の死期が近づいてきている。それは嫌でもわかった。
「今度来る時は、雪枝と美紀も連れてきてくれ。お前と二人っきりで会うと、昔のことばかり思い出してしまう」
築山の顔に疲れが見えてきていた。少し喋りすぎたのかもしれない。
今度来る時は二人を必ず連れてくると築山に言って、深津は病室を後にした。
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