第7話

 目を開けた時、深津は自分がどこにいるのかわからなかった。

 起き上がろうとすると、頭に鈍い痛みが走る。


「目、覚めた?」


 女の声がしたので、そちらへと顔を向ける。そこには背もたれの無い椅子に腰を下ろしたキャミソール姿でメガネを掛けた女がいた。一体、誰だろうか。見覚えのない女に深津は困惑しながら、身体を起こした。


「水、飲む?」


 そう言われると急に喉の渇きを覚えて、深津は頷いた。

 女は椅子から立ち上がるとどこかへ行き、ペットボトルの水を持って戻ってきた。

 その時、なんとなくだが深津の記憶がよみがえってきた。彼女は路地裏で吐いている時に水をくれた女だった。あの時のように派手な化粧はしていないが、声や仕草からしてあの時の女に間違いなかった。しかし、なぜこの女と一緒の部屋にいるのかということは理解できなかった。

 水を少し飲んだ深津は、女のことをじっと見つめながら、口を開いた。


「すまない。ここはどこなんだ?」

「あたしんだけど」

「そうか」


 深津はそう言って部屋の中を見回した。ベッドとローテーブル、本棚といった家具が置かれているが、どれもシンプルだった。ローテーブルの上には手鏡が置かれており、化粧品が並べられている。深津が寝そべっていたのは二人がけのソファーであり、枕としてクッションが頭の下にはあった。


「ごめん、昨夜のことをなにも覚えていないんだ」

 正直に深津が言うと、何が楽しいのか女は笑い声を上げた。


「そりゃあ、そうだよ。あんた、路上でぶっ倒れたんだよ。それをあたしが担いできたってわけ」

「担いで?」

「いや、ごめん。ちょっと盛った。あんたは自分の足で歩いたけれど、肩を貸したっていうのは本当。『あたしん家に来る?』って聞いたら、あんたが頷いたから連れてきたんだよ」

「そうだったのか。迷惑を掛けたな」

「べつに、迷惑だなんて思っちゃいないよ」

「助かった。ありがとう」

「いいんだよ、別に」


 女は少し照れくさそうにそう言うと、テーブルの上から煙草を取って、唇に挟んだ。

 深津は自分のポケットからジッポーライターを取り出すと、女の煙草に火をつけてやり、自分もポケットから煙草を出して火をつけた。

 灰皿はコーヒーの空き缶だった。


「えっと、名前は?」

美和みわ

「いい名前だ。俺はマサ」

「マサ。あなたもいい名前じゃない」


 そういって美和はクスクスと笑って見せた。

 どうでもいい話をして、ふたりで笑った。こんな風に笑ったのは久しぶりかもしれない。深津はそんなことを思っていた。

 ゆっくりと時間をかけて煙草を一本灰にし終えると、深津は立ち上がった。太ももに妙な痛みが走ったが我慢出来ないほどではなかったため、歯を食いしばって耐えた。


「もう帰るの?」

「ああ、すまない。世話になったな」


 深津はポケットから財布を取り出して、その中から一万円札を数枚抜き取って美和に渡そうとした。


「やめてよ、そういうの。別にお金が欲しくて、あんたを助けてやったわけじゃないから」

「でも、迷惑をかけたから……」

「迷惑だなんて思っていないから」


 美和はじっと深津の目を見つめてくる。そして、深津に顔を近づけると、そっと唇を合わせてきた。

 生と死というものは、表裏一体である。つい先日、死というものを間近で体験した深津にとって、生への欲求はその反動のようなものであった。

 美和と唇を合わせた瞬間に、その欲求が爆発した。長いキスの後、一度唇を離したが再びキスをした。そこまで行くと、もう止められなかった。お互いの服を脱がせ合うと、貪るように肌を合わせた。

 童貞というわけではなかったが、経験人数は多いと言えるほどでもなかった。それでも深津は情熱のままに彼女を抱き、三度も果てたが、それでもまだ抱き足りないと思っていた。

 三度目の行為を終え、ふたりで一緒にシャワーを浴びると、缶ビールを飲んで、また抱き合った。

 時刻はまだ午前一〇時を過ぎたばかりであり、つけっぱなしとなっていたテレビでは時代劇の再放送が流れていた。

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