第17話 気分転換に出かけた先で
その次の週末、シルヴェストル家一同で訪問したいという先ぶれが届いた。
アリスは首を振った。無理して関係を続けることはない。向こうにとってもその方が楽になるはずだ。
「師匠、代わりに一緒にお出かけしましょうよ」
これまでほとんど出かけることがなかった。楽しみたいという願望すら湧くことはなかったが、来る日に備えてできることはやり切ったという思いがあった。
家族とたもとを分かち、気持ちを一新したいとの思いもある。
焦燥感や不安が消えることがないが、少し出かけてみたかった。
グランジェ家の料理人に、野菜や焼いたお肉を挟んだパンとお菓子、紅茶を用意してもらうと馬車に揺られて郊外の森に出かけた。森の奥には魔獣が出たり、その道のりが遠かったりして人があまりこない湖があった。
しんと静まった湖面に木々の間から降り注ぐ日の光が輝く美しい場所だった。
「これは美しいところだね」
イリークは感嘆したようにつぶやいた。
「魔獣退治の実践訓練で偶然見つけたんです。」
「ささ、どうぞ」
湖のほとりに大きな布を敷き、クッションを並べて即席のサロンをしつらえた。
「素敵だね。道理で大きな荷物だと思った。転移でくれば楽だったのに」
とイリークは楽しさに微笑みながら言った。
「過程も楽しみたかったんです。師匠との時間を大切にしたくて。それにこれだけ魔法が扱えるようになると、逆に使わない時間が大切に思えて。」
サンドイッチや紅茶も空間魔法を使ったポケットからいくらでも取り出せる。しかしあえて籠に詰めてもらい、二人で抱えて運んできた。
二人で軽食やお菓子をつまみながら心地よい風に吹かれ、心が洗われるような景色を楽しんだ。
「師匠、いつも本当にありがとうございます。巻き込んで、こんなに迷惑かけたのにこんなに大切にしてくださって。私、これから師匠のこと命がけで守りますから。」
イリークはフフッと笑って
「私のセリフだよ。私を救うためにこんなに頑張ってくれて、お礼を言うのは私の方だ。君がいなければ私はなすすべもなく処刑されるところだったのだから。それに姫を守るのは魔法使いの役目だよ、私にアリスを守らせてほしい。」
アリスはうれしそうに笑うと
「お父様を守るのは私です!」
「ええ・・・やはりお兄様にはなれないかな」
「まあまあ、そこはいいじゃないですか。家族には代わりないですから!ねえ。お父様」
座るイリークの背中から抱き着いて顔を肩に伏せる。
実の家族とどうしても埋められない溝がある。割り切っているつもりでも、ルイスに怒鳴られた時のようにふいにアリスの心を苛む。
しかしイリークの気晴らしにと思って誘った散策であったが、この静謐な湖と森のたたずまいはアリスの心も慰めたようだ。
湖の周りを散歩したり、湖面で光の水切りをしたり、水のウサギを湖面で跳ねさせたりと楽しんでいるうちに心の憂いも霧散していった。
「あれ?師匠、感じますか?」
ふとアリスは顔を上げた。
アリスたちがいる場所も森の入り口からだいぶん奥まったところだがさらに奥から何かを感じた。
「ああ。魔力?に近いけどなんだろう。・・・もしかして。まさかな。」
「心当たりあるんですか?」
「そういうわけではないけど。いろいろと歴史書を調べていただろう?この国の成り立ちを調べていた時に、聖獣と呼ばれる魔獣のような存在があったというんだ。」
「聖獣ですか?それって海の向こうにある神の国にいると聞く?」
「まあ、そうだね。どこまで本当のことかはわからないけど。古書を読むと、このルーナ王国はもともと隣国のナーガ国から分かれてできた国なんだ。ナーガ国民はほとんど魔法を使えないだろう?ルーナ国も同様に魔法が使えない民だった。しかしルーナ王国の始祖が建国を宣言した時、大空から大きな白い光をまとった鳥が舞い降り王に加護を授けたとされている。そしてそれ以降魔法を使えるようになったということだ。」
「初めて聞きました。でもそんな王家を神聖化させ、権威を高めるような話がなぜ、大っぴらに伝わっていないのでしょうね。」
「私もそれは不思議で、そのあたりも色々調べたが古文で書かれたその一冊に少し書かれていただけで他には見つけられなかったんだ。その鳥が聖獣なのか、魔獣なのかわからないけど魔法を使えるような力を与えてくれたということは王国にとっては有益な存在だったはずなのに。」
森の奥に目を向けると
「漂ってくる魔力が感じたことがないものなんだ。だからもしかしてただの魔獣ではなくおとぎ話の聖獣だったら・・・いいなと思っただけで、そんなはずはないと思うけれど」
「私は師匠ほど鑑定の能力がないのでわかりませんが、呼ばれてるような感じがしますね。ちょっと行ってみてきます。」
すわっと一人で駆けだしそうになるアリスを止めて一緒に見に行くことにした。 もともと二人で結界を張っているので魔獣に襲われる心配はなかった。漂ってくる異質な魔力に導かれるようにうっそうと木々が繁る奥に進んでいった。
日の光も差し込まないほど暗い陰鬱な景色に変わり、苔むした樹木の間をどんどんすすむとその気配が強くなってきた。
そして急に開けた場所にでた。
密集した木々の中にぽっかりと空間が開き、そこには光の草むらとでもいえばいいのだろうか。細長く揺れる光が集まり、光のじゅうたんを作っていた。
よく見ると光のじゅうたんの中に、さらに光り輝く鳥が静かにこちらを見つめていた。
見たこともない光景に二人は息をのんだ。
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