第38話 番外編 一度目のその後

「ご苦労様。もう用はないわ」

 甘い匂いを身にまとい白いドレスを着たエレナは牢の中で倒れているアリスに告げた。

 倒れているアリスはもう返事もしない。それを横目で見てエレナは笑いながら牢屋を後にした。


 3日後、広場に国民を集め、そこで処刑する予定だ。この国に厄災をもたらした罪人イリークの弟子。3年間、否認し続けとうとう自白したことになっている。

 馬鹿な人間どもは操られ、イリークを処刑し、魔法師たちを断罪した。自分に逆らう力のあるものは先に潰しておいた。


 魔力のある者の中に聖なる血統がいるのではないかと探し、うまく聖獣を竜に成長させることもできた。

 ここまで長かったが、少しづつ破滅に向かうよう計画を立て、そのように進んでいくのが楽しくて仕方がなかった。


 最後の仕上げだ、よく見るがいい。エレンは心の中に燃え盛る憎しみを抑えきれなかった。


 しかしその晴れ舞台である処刑日を迎える前にイリークの弟子は死んだ。

 もう少し生きながらえればよいものを!と計画の崩れにエレンは苛立ちを覚えたがすぐにその遺体を森に運ぶように指示した。


 森の奥、黄金に輝く竜の姿。

 その竜は聖獣の申し子が亡くなったのを感じ取ったように苛立ち、地面を足で掻いていた。

 エレンはその前に立つと、貴方の愛し子を連れてきたわ。と部下にアリスの体を放り投げさせた。

「見なさい!あなたの愛しい子が死んだわ。人間がやったのよ!何の力もない人間が聖獣の申し子を殺したのよ!」

 やせ細り、髪の艶を失いボロボロにやつれた身体に、死してなお辱める様に剣が幾度も幾度も突き立てられる。聖獣に見せつけるように。


聖獣は天に向かって咆哮した。


 聖獣は神の力をその身に通すことで成獣になる。

 はるか昔、人と神の交流があったころ、神と契りその係累に聖なる血を持つ人族が生まれた。そういう者の中にも聖獣と契約する存在がいた。聖獣は彼らと魔力を通わせ成獣に変態し、生涯側にいて見守ったという。聖獣の申し子は亡くなっても丁寧にまつられ、聖獣の聖域で安らかな眠りにつくのだ。

 その大切な身体を、魂を穢すとは。


 人族の国に連れてこられ、1000年近くも孤独に過ごしてきた聖獣。ある日、森に一人の女がやってきた。そして、血の付いた布を差し出す。聖獣が興味を示さないと何度でもやってきて同じことを繰り返した。

 ある時、その女の持ってきた布切れから一生得られぬと思っていた聖なる力を帯びた魔力を感じた。

 これまでの反応と違うことに気が付いた女は、顔に笑みを張り付けていった。

「この血の持ち主を大切に思うなら私と契約なさい。」

 聖獣は拒んだ。彼女と契約しても聖獣は成体にはなれない。

 契約したい相手だとも思えない。

「あなたの渇望するこの血を持つ者をすぐに殺してもいいのよ。」

 聖獣は羽をはばたかせ飛び去ろうとすると

「お前には探せないわ。封じているからね。さあ、さっさと契約なさい!あの男と同じように!」

 この国の建国の王、その男も聖なる神の血など流れていなかったはずだ。そもそもその血を引いていたなら、神の国に入れたはずなのだから。その男と契約ができた以上、自分とも契約ができるはずだと女は詰め寄った。


「この血の持ち主がどうなってもいいのね。」

 聖獣は女に血を流すように言った。女はためらうことなく自分の腕に剣で傷をつけ、聖獣はその血を口にした。が、名前はつけさせなかった。

「これで、お前は私を害することはできないでしょう?お前は私を守るものだから」

 女はそう言って高笑いをした。


 その後、女は聖なる力を持つ血を持ってきて聖獣に与えた。

 すると、清らかな魔力が体に流れ込んできた。体中に力が漲り、気持ちよくてこの魔力の持ち主の側に行きたい。ずっと側にいたい、そんな本能が体をさいなむ。目の前の女と契約した時にはない感覚だった。

「どう?お前には聖なる力の持ち主とも契約を結ばせてやったわ。感謝しなさい。その礼に巡ってきた魔力は私に戻しなさい。」

 聖獣にはおそらく捕らえられているであろう者から聖なる力が流れてきてしまう、そして聖獣の体を巡った魔力は女に渡される。申し子の命を盾に、そして無理やり結ばされた女との契約の為に聖獣は言われるがままにするしかなかった。


 中途半端な契約、それも申し子の側にいることがかなわない不十分なもの。聖なる魔力の供給は微々たるものだった。また聖獣自身が女に怒りを抱き、この現状を許せなかったことも一因で、聖獣が成獣になるまでに3年もの月日を要した。


 その結果が・・・目の前でボロボロにされている申し子の姿だった。


 竜は空に向かって咆哮すると、翼を広げて風を起こし、口から炎を吐き少女に剣を突き立てている騎士たち、周りを囲む騎士たちを吹き飛ばし炎で燃やし尽くした。

 怒りを抑えられない。その怒りで正気を失った竜は森を燃やした。そして翼を広げ飛び立つと初めて街の方へ向かった。


 初代国王に、初めて契約した国王に、国民の前に姿を見せないで欲しいと頼まれ森の奥深くにいた聖獣。初めて空の高みからみた街は竜にはちっぽけなものに見えた。

 何も考えることはできなかった、聖獣は街を燃やし、風を起こして破壊し、王宮も、美しい街並みもあっという間に瓦礫と化した。


 少女に剣を突き立てる役目を騎士にさせている間、女はその場から離れていた。

 そして遠くから、街が破壊されるのを、人族が殺されていくのを見た。

 この国の民が憎かった。あの男が作ったこの国が憎くて憎くてたまらなかった。やっと無茶苦茶にしてやることができた。 


 しかし、この虚無感は何だ?聖獣に人族を殺させても気は晴れなかった。これではだめだったのか?自分の手でやるべきだったのか?

 前世が魔族だった女はこの目でこの国が滅びるのを見るために、ここまでやってきた。それなのに・・・


 ふと見上げると、国中を蹂躙しに飛び立った聖獣が宙に浮いてこちらを見ていた。

 正気を失い、名を授けていない仮の契約など意味をなさなかった。女を守るという使命は欠片も頭に残っていない聖獣は女に向かって火を吐いた。


 ルーナ国を燃やし尽くし、燃えあとに立ち尽くす竜のもとに、赤く燃える強大な鳥、金に輝く大きな獅子、真っ黒い巨大竜が現れた。

 1000年も前に神の国から連れ去られた聖獣、この所業で神の国にその所在がようやく明らかになったのだ。

 迎えに来た聖獣達は、魔力でつながった申し子を失い、力を使い果たして弱り切った哀れな聖獣を見て首を横に振った。

「消えゆく前に、望みはあるか?哀れな子よ。」

「・・・僕の・・・申し子に会いたかった。あの子を守りたかった。」

 3体の聖獣は顔を見合わせた後

「・・・。そなたの願い、叶えてやろう。待つがいい」

と、応えた。その瞬間、まばゆい光に包まれ空間が揺らいだ。


 聖獣が気が付いた時、元の光り輝く鳥の姿に戻りあの森の中にいた。

 ここで待っていたら彼女に出会える。

 あとどのくらい待つのかわからない。1000年も一人で過ごしたのだ、あと数年くらい瞬きくらいの時間だ。


 後にケルンと呼ばれることになる聖獣は、前回は一度も会えなかった彼女に会えるという希望を胸にしばしの眠りについた。


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今度は悪意から逃げますね れもんぴーる @white-eye

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