第37話 エピローグ

 ケルンはというと、アリスとともに公爵邸にやってきてのびのび暮らしてる。お気に入りのルイスにも加護を授け、お菓子を介して相当仲良しになっているようだ。

 公には、聖獣は天に帰ったことになっている。事情の知るものはちらちらとケルンを見ることがあるが、口外しなかった。


 そして救国の女神様もあの日、国民を守るため命を懸けて戦い、その尊い命を失ったと発表された。これも正体を知るもの、事実を知るものもいたが口外はしなかった。なぜなら、みんな心から感謝を捧げ敬愛しており、その御心に従うことが信者の役目と心得ているから。

 彼らがそう望むなら、そうあるべきだと。


 聖獣がアリスを選んだ理由。

 他人に知られるとアリスの身が狙われてしまうかもしれないからと、アリスだけにこっそり教えてくれた。

 それは聖獣がいる神の国に関係する。聖獣は神の国で神の尊き力を得ることで変態していく。ケルンの場合は最終は竜だ。

 神の力がなければ優美な鳥の姿である幼体の姿のままで過ごすことになる。さらわれた聖獣は神のいない土地で幼獣のまま過ごすことになったかもしれない。


 おそらく遥か昔、まだ神族との交流があったころから神の血が細く薄くなっていきながらも人族に脈々とつながっていた。そしてアリスはその血統であり先祖返りが誰よりも色濃く出ていたため聖獣は尊き力に惹かれアリスと契約を結んだ。

 渇望していたところにアリスの気配を感じ襲ってしまったとケルンは言った。

 過去からの因縁は、アリスに伝えるつもりはなかった。 


 あの時のことに関してはいまだにアリスは根に持っている。

『だから~仕方がなかったのよ。僕寂しくて寂しくて、神の力も感じられずにこのままかと思って…』

 めそめそ泣き始めた。

「ケルン・・・ウソ泣きはいらないわよ」

『そこはアリスも涙を流して手を取り合う場面でしょ!もう。』

 本当はアリスもケルンの生い立ちを聞いて胸を痛めていた。


 ケルンは建国当初に連れてこられた聖獣だった。幼き頃に連れてこられたため、神の国の事はよく覚えていないようだ。

 ケルンは神がいない、仲間の聖獣もいない国に連れてこられてどんなに寂しく辛かったことだろう。そこで親身になってくれた初代王と契約を結んだのも仕方がないことだ。黒幕とも知らないままに。

 そしてすぐに、森の奥深くに姿を隠すように言われ、隠れるように国王が会いに来る時以外は一人で過ごしていたようだ。

 初代国王が死んで1000年はなるだろうか、いくら人と時間の流れの感じ方が違うと言っても、どれだけ国王は残酷な男だったのか。

 だが国作り、政治においては優秀であったと書き残されている。魔族の女と聖獣の心にもう少し寄り添うことができていれば、こんなことは起こらなかった。


(その王が生まれ変わってきたらぶっ飛ばす)

 アリスはそう決めた。

「今からお菓子見に行こう。ルイスも連れてお茶しましょう。」

『アリスが優しい!うれしいなあ。えへへ。僕大丈夫だよ、聖獣だもん。それに昔の事あんまり覚えてないもの、昔過ぎるからね~。僕、ルイス呼んでくる~』

 ぱたぱたと飛び立つとき小さな声で

『今が一番幸せ、ありがとうアリス』

 聖獣はつぶやいた。


 イリークは過去世で婚約者だったノアのことを調べてくれた。

 自分のせいでひどい目にあった人。今世ではあんな生活をしていたから出会うことも婚約することもなかった。

 それでも自分がこうして幸せを手にすることができた今、とても気になっていた。


 ノアは侯爵家の令嬢と結婚し、幸せな生活を送っているとのことだった。

 ほとんど社交界に出ないアリス達だが、アリスがノアを一目見たいと二人そろってお茶会に出席した。そして遠くから、仲睦まじく寄り添い、微笑みあってるノア夫妻をみてアリスは涙を流した。


 イリークはアリスと婚約しても、ノアのことが気になっていた。

 最後までアリスの無実をはらそうとしていたと聞いた。おそらく精神干渉耐性をもっていたのだろう。そのせいで逆に傷つけられ、殺されてしまった。


 アリスが愛していたノア、アリスの為にアリスの目の前で非業の死を遂げたノアをアリスは忘れられるはずがない。そう思うたびにイリークの心のどこかが痛むのだった。そこにアリスからノアのことを知りたいといわれ、胸の痛みが大きくなった。


「私はイリークと出会ったおかげで幸せというものを知る事ができた。だから彼にも幸せになっていてほしい。彼の幸せな顔を見たいの。じゃないと・・・私の中の彼の姿はずっと・・首を・・」

「アリス・・・。」

 イリークがアリスをぎゅっと抱きしめる。


 過去世で苦しんだ記憶は今世で塗り替えることができた、しかしノアの事だけは今世で出会わなかったため、断首された姿だけがアリスに刻み込まれているのだ。


 くだらない嫉妬なんかでアリスの本当の苦しみに思いをはせることができなかった自分のうかつさを恥じた。ノアの幸せな姿を見て今度こそ過去のしがらみすべてから解き放たれるのだろう。


 ノアの幸せを確認するとほかの社交にもう用はないとばかりアリスは帰ろうとイリークを誘った。周りには二人に話しかけようと多くの者たちが様子をうかがっていたが、それには気も止めず二人はお互いだけを見つめてお茶会を後にした。


 二人であの湖へ出かけよう。

 楽しい思い出をたくさん作ろう。

 幸せになろう。


 二人は未知の世界へと歩き始めた。


 終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る