第7話 アリス、思い出す

 もう大丈夫であること、しばらく何も食べられそうにないこと、一人で眠りたいことを紙に書いて渡した。

 一人にはさせられないと母親が付き添いを願うが、それが負担だと泣き、何とか一人になることができた。

 5歳の子供にそばにいることを拒否された家族たちは落ち込みながらもアリスの気持ちを考えて部屋を出ていった。


 一人になると、息がしやすくなり心が軽くなる。

 机のノートに向かい、つらいが過去の出来事をできるだけ感情を交えず書き出した。そして現状できること、今後なすべきことなどまとめていった。


 二時間ほどしてノックがあり、メイドと母がワゴンを運んできた。

 水差しとスープが乗っておりおいしそうな香りが漂ってきていた。

「休めたかしら。少しでも食べないと体に悪いわ。」

 母はベッドに座っているアリスにほっとした様子だった。

 アリスはうなづくとスプーンですくい口元に運びかけたがそのまま戻し、お腹が空いていないので食べられないと伝えた。


「アリス、あなたお昼も食べてないのよ。一口でもいいから」

 ジャガイモをすりつぶしてクリームと合わせた優しい味のおいしいスープ。以前は大好物だった。きっとアリスのために作ってくれたのだろう。

 しかし、食べられなかった。何が入っているのかわからない。


 過去世で、初めは食事の質が落とされる程度だった。

 次第に異物が入るようになり、腐りかけたものが出されるようになった。ある時久しぶりにお肉が出され食べ終えたとき、お皿を下げに来たメイドが

「キョンネズミ美味しかったですか?お気に召したようですので料理長にお伝えしておきますわ」

 にやにやと嘲笑ってきた。


 不潔で、病原菌を持つからと害獣扱いされているキョンネズミを食べさせられたと聞き、ショックを受けたとたん嘔吐してしまった。次の日はジャガイモのスープと言いながら底には何かの幼虫が沈んでいた。

 それ以降、口に出すのもはばかられるような異物が混入され、それからは怖くてほとんど出されたものを食べられなくなった。水差しの水でさえ濁りどのような水か分かったものではなかった。

 夜遅くに小部屋を抜け出し、外に出て噴水の水に入れ替えて飲み水を確保した。その方がまだきれいだったのだ。食べ物は庭になっている果物、葉っぱ、草を泣きながら口に入れた。


 屋敷の者たちはそれを知って、嘲笑っていたのだと思う。わざと止めなかったのだ、外に逃げられないようにだけ見張っておきながら。しかしそれで体力が持つはずがなく、体は次第に弱っていった。

 いつか冤罪と分かる日が来ると信じていた。しかし、家族でさえ信用していないのに誰が疑いをはらそうとしてくれるのか。そもそも疑われたとしてもこのような扱いをされるのは異常である。


 イリークが「アリスが共犯」と自白したと告げられた後は王宮の地下牢に移動させられた。そこでもごみのような食事に泥水のような水が出される。手を付けることなくただ死を待つばかりだった。しかし本当に危ないとなるとどういうわけかまともなスープが提供され、拒否しても力づくで口の中に流し込まれ栄養を与えられた。

意識が浮上したり、無の世界に沈んだりと精神も壊れかけたころ誰かが鉄柵の向こうに現れた・・・気がする。


「ご苦労様。もう用はないわ」

 甘い匂いがした気がする。白いドレス?

(エレンだ!!)

 アリスは過去世を無意識になぞり、忘れていた事を思い出したのだ。

(どうしてエレンが・・真相を解明するといいながら結局は何の動きもなかった。ろくに調べもせず師匠は処刑され私は陥れられた…もう用はない?・・あれはどういう意味?犯人はエレン…だったんじゃないの?!)


 ベッドから急に立ち上がったアリスに母親はびっくりした。

 真っ青になりぶるぶる震えている娘の様子に母は、抱きしめて背中をさするだけだった。

 母に触られるのもいい気分ではなかった。しかし兄や父よりはずいぶんましだった。直接いじめられることがなかったからだ、手も差し伸べてくれなかったけど。会いたくないと姿も見せなかっただけ。


 心の中の感情を押し殺し、抱きしめてくれる母の背中に小さい手をまわし抱き返すと母はほっとしたように涙を落した。

 この日をきっかけに変わってしまったアリスを心配する家族だったが、それでも初日よりは筆談で会話をしてくれるようになり胸をなでおろしていた。

 しかし何より心配しているのが食事だった。頑として屋敷で食事をとらなくなった。母にねだり、街へ出て外でなら食べる。又は自分で買ってきたものを自分の部屋でなら食べるが、同じものを誰かが買ってきても手を付けることはなかった。さすがに父親も叱ったが、理由も言わず床を見つめるだけのアリスになすすべもなかった。

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