第21話 和解

 公爵家の馬車に乗り、高級な菓子店についた。

 その店の二階は、身分のあるものが落ち着いて喫茶ができるように個室が用意されていた。

「姉上、まずはこうして来ていただいてありがとうございます。」

 ルイスは頭を下げた。


 ケルンに髪を引っ張られ、それに抵抗しながらもアリスは黙ったままだった。

「先日の暴言について心からお詫びします。姉上の・・・姉上の気持ちを考えることなく自分のことばっかりで・・・本当にごめんなさい!許してくれなくていいです、僕が間違っていただけなんです。姉上は何ひとつ悪くない、姉上はシルヴェストルの家族です!」

「・・・。いえ、私のこれまでの言動が悪いのでこちらこそお詫びします。それに・・・私の家族はイリーク様だけですので。お気になさることはありません」

「姉上!」

 ルイスは涙をぽろぽろこぼして

「ごめん・・ごめんなさい」

 目の前で泣くルイスの顔に、少し成長した過去のルイスの顔が重なる。


「姉上、大丈夫?これ少しだけど・・・」

 自宅で軟禁され、食事が減らされ始めたころルイスが差し入れをしてくれた。

 アリスは一口サイズの焼き菓子がつまった宝箱のような差し入れを大切に抱きしめた。その後も隙を見ていろいろ差し入れてくれたのはルイスだけだったなあと思いだした。大切な弟だった。

 結局はその差し入れに毒が混入されるようになり、そんな思いは忘れてしまっていたのだけれど。毒入りのお菓子を口にして、苦しんでいる姿をわざわざ見に来て嘲笑うルイスを思い出す。


 どんどん心が冷えていくと自分でも感じたときケルンから暖かい光の魔力が流れてきたのが分かった。

 すると記憶の中のルイスの嘲笑い顔に涙が一筋流れているのが見えた、あの時は苦しさ、裏切られた悔しさで気が付かなった。

「姉上・・・ごめん・・・勝て・・なかっ」

 とつぶやくのにも。


 冷えかけた心がふたたび温まり、ルイスに対して湧きあがった黒い気持ちが少し薄れた気がするのも、過去世の大事な場面が見えたのもケルンのおかげ?

 アリスはケルンを見た。

『聖獣の守護の力思い知ったか!』

 勝ち誇ったように今度は頭をつつきだす。

 アリスは懲りないケルンを片手でつかむと、カバンにほり込んだ。


 急にきゅうきゅう鳴く鳥をつかんでカバンに仕舞ったアリスの行動にルイスの涙は引っ込んでしまった。

 確か、人生をかけるほどの大切な場面のはずだ。このおかしなやり取りを前にどんな顔をしたらいいのかわからない。

「あの・・・ペット?連れ歩いてるの」

「・・・ええ。ペットです。」

 カバンからきゅう!と抗議のような声が上がる。

「あなた様の気持ちはよくわかりました。本当にもう気にしなくて大丈夫です、わざわざありがとうございました。」

「・・・・それで、その・・・また父上たちが訪問できるようにお願いしたいのだけれど・・・」

「私のために、心を砕く必要はありませんとお伝えください。シルヴェストル家の生活を大切になさってください。」

「姉上もそのうちの一人なんだよ!僕が言っても・・・お前が何言ってるんだって言われても仕方がないけど・・・でも!姉上が幸せじゃなかったら誰も幸せにならないよ!お願い、僕たちができることをさせて!そばに・・そばにいることを許してください。」

 アリスは困ったように眉を下げた。


 これまで通り、はねつければそれでいい。だけど先ほどみた過去世のルイスの涙と言葉が気にかかる。

 なぜあんなこと言ったの?なぜ泣いたの?そう聞きたかった。しかし今のルイスに聞いても伝わるはずもなく。

「・・・とりあえず、いただきませんか」

 冷めてしまった紅茶と運ばれてきたお菓子に目を移した。

「う、うん。温かい紅茶に取り替えてもらうよ」

『僕も僕も』

 食器を買い取る旨を伝え、ケルンのためにも用意してもらった。

 カバンからやっと出してもらえたケルンは、きゅうきゅうとお茶とお菓子を楽しんだ。


 毒気を抜かれたようにルイスはこわばっていた身体から力が抜けた。

「なんか、意外です。姉上が鳥を連れ歩くなんて。」

「・・・一応飼い主としてお世話が必要ですから」

『ペットじゃないから!』

「姉上、僕に敬語止めてください。僕のこと嫌いだと思うけど、それでもいいから敬語使わないで・・・・お願い。僕、嫌われても何しても弟でいたい。」

「・・・・。わかったわ。」

「ありがとう。良かった・・」

 ルイスは声をつまらせた。


 それから特に話が弾んだわけではないが、以前のような完全な拒絶を感じなかったことにルイスはほっとしたようだ。

 別れ際には「鳥が好きなようなので」と、一階でお菓子の詰め合わせを贈ってくれた。

『あいついいやつ~』ケルンのルイスの評価は高まった。


 ルイスの懇願によって一時は完全に断たれたと思われた関係は、続けられることになった。以前のようにお茶会でお互いの家を行き来することとなり公爵夫妻は元気を取り戻した。

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