第9話 密談

 それから忙しい合間を縫って何度もイリークはアリスに会いに来てくれた。

 イリークにもアリスが家族の誰よりも自分に気を許し、待ちわびてくれているのがわかるのだ。

 アリスの魔力のことはエルネストには伝えていない。アリスと二人になる機会を早く作りたいと思っていた。

 はじめは必ずマルティーヌやクリストフが付き添っていたが、いつもたわいない話や文字の勉強、光の癒しなどで信頼を得たからか、メイドはいるものの家族の付き添いなしでアリスと過ごせるようになった。


 二人になるのを待っていたのはアリスもだ。意味なくお遊びに付き合っていたわけじゃない。

(このメイド邪魔だわ。どこか行ってくれないかしら)

 このメイドも前回はアリスの世話をせずいじめていたのだ、気分がいいわけがない。


 メイドもおらず、完全にイリークと二人きりになれたら話せることを打ち明けたいと思っている。

 家族と違ってメイドはアリスが筆記したノートを覗き込むことはないが、後でノートを家族にみられることを考えると下手なことは書けない。


 アリスはこれまでに書いた文字を指さすことで意思表示をした。

 一瞬だけ驚いた顔になったがすぐに表情を取り繕ったイリークは

「ええそうですね、私もそれを望んでおりました。アリス様のご意向に沿うよう用意いたしますね。さすが、アリス様勤勉でいらっしゃる。」

 メイドに聞かれても大丈夫なように、無関係の話をとっさに挟んでくれたイリークに感謝だ。イリークがアリスの望み通りに動いてくれるということ、それが聞ければ十分だ。


 みんなが寝静まった夜中、アリスの部屋に黒いローブをまとった人影が現れた。

 アリスはソファーに座りイリークが転移してくるのを待ちかねていた。

 アリスはカーテンを開け月明りを取り入れた。ランプをつけて屋敷の者に気づかれるとまずい。


 イリークに身振りで大声を出さないように伝えると

「・・・私、話せます。」

 イリークは驚きはしたが声は出さずに済んだ。

「来ていただいてありがとうございます。ご迷惑は承知の上でイリーク様しか頼れる方がいないのです。」

「正直とても驚きました。何か事情があるのでしょうが・・・ご家族よりも私を信用していただける理由も見当もつきません。ですが私も二人でお話がしたかった、私が転移を使えるとご存じだった理由やあなたが魔力を隠そうとしている理由なども。」

「今はお話しできません…信じてもらえません。私の頭がおかしくなったと思われるだけで…いえ実際私が狂ってるのかもしれません。」

 アリスは苦悩に満ちた表情でうつむいた。


「それでも私がこの世界にいる限り、進んでみなくてはならないのです。師匠に・・いえ、イリーク様にお願いがあります。魔力の操り方を教えてください。それから剣術・体術、戦法、心理。」

「・・・あなたは一体何と戦おうというのですか。まさかご家族ではないでしょう?何かが起こっているのですか?もしそうならまだ子供のあなたが一人でどうにかできることではありません。私に打ち明けていただくことはできませんか。」


 いつかイリークに打ち明けたいと思っている。

 力になってくれるのはイリークだけだからだ。それにイリーク自身の命もかかっている。しかし今それを話して信じてもらえるのか、気の病だとして見放されたら・・・治療のためと称して監禁されたら。


(ああでも監禁されていたら疑われることもないわよね。そうすればあんな目にあうことないもの。・・・だけどやっぱり自由になりたい。師匠はまっとうな人だから、私のことを心配してお医者様に見せるに違いないわ。)


 イリークに頼りたかったが、魔術師の彼にとっては剣術や武術を教えるなど迷惑な話だろう。彼にとってなんの得にもならないことを理由も話さず協力してもらうのは虫が良すぎる。やはり無理があったかもしれない。

 夜に会いたいと頼み、こうしてきてくれただけでも行幸だったというのにこれ以上どうすればいいのかわからなくなってしまった。あの時は最良だと思ったことが、今更愚策のように思えてくる。


「あ、あの、ごめんなさい。家族と喧嘩しただけで・・・思いつめただけです。あの、両親に謝ります。だからもう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました。」

「あなたがどんな荒唐無稽なことを言っても信じますよ。だってすでに5歳の少女とは思えない言動ですから。」

 イリークはアリスの不安や葛藤を見抜いたように抱き寄せて背中をさすってくれた。

「私の屋敷にきますか?」

「えっ?」

「あなたはここで出された水も食べ物も口にできないと聞いています。家族にも使用人にも心を開かず避けていると。ここで暮らすのが辛いのではないですか?」

 思いがけない申し出にアリスの心臓がはねた。

 ぎゅっとしがみつくその行動が肯定の返事をしたも同然だった。

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