第12話 アリスの告白

 体の調子がもどり、ようやく話の場を持てたのは3日後だった。


「師匠、今回のことご心配をおかけして申し訳ありませんでした。」

 エルネストが今回のことで苦情をいれてきたのを知っている。

 魔法が使えることは隠しているが、無茶な訓練で身体を壊したと思われている。

「アリスの努力はよくわかっているよ。複雑な魔法を身につけるためにどれだけ辛い練習でも頑張ってあきらめずに取り組んでいるのか」

 一口紅茶を飲んで、間をおいてから

「・・・まるでいつか囚われることがわかっているようだね。過酷な条件下で脱出するための術・・・かな?」

「はい」

 アリスはイリークの目をしっかりと見て

「私は以前、師匠と魔術宮で一緒に働いておりました。」

「え?」

「・・・私は6年前に17歳で死んだのです。魔術学院から魔術宮まで、11年間師匠の下で学ばせていただきました。」

「・・・申し訳ないがもう少しわかるように説明してくれないかな。私の理解力が足りないようだから」

「いえ。私がおかしなことを言っていると重々わかっています。とても信じてもらえるような話ではありません。以前も話したと思いますが、私が狂っているのかもしれません。でも、私にとってはそれが事実で、それを変えたいとあがいています。」

 淡々と話しながらもその手はきつく握りこまれ、不安と緊張でいっぱいいっぱいであることが伝わってくる。

「大丈夫だよ。君とずっと過ごしてきて君のことはよくわかっているつもりだ。心配しないで思いのまま話をしてくれないか。」

そっとその固まってしまっている手をそっと包んだ。


 アリスはぽつぽつと語りだした。

 17歳で死んだと思ったら、気が付いたら5歳のころに戻っていたこと。

 2年後この国の辺境に災害が頻回に発生し国中に広がっていくこと。

 王宮、騎士、兵、魔術宮総動員でも手が足りなかったこと。

 エレンという聖女と呼ばれた隣国の教会の使節団が支援をしてくれたこと。

 災害が人的に引き起こされた疑いがあり、魔術宮の魔術師たちに疑いがかけられたことをイリークに告白した。


「そんな馬鹿な…」

「私も信じられませんでした。明確な根拠も示さず、調査にも参加させてもらえず決めつけられました・・・そして・・・そして」

 アリスは下を向いて言葉をそれ以上続けることができなかった。

 イリークが処刑されただなんてどうして言えるだろうか。


 ふわっと金色に光るちょうちょがアリスの周りを踊るように舞い、胸のあたりに吸い込まれていった。

「師匠・・・」

 アリスが顔を上げてイリークを見ると微笑んで見守っていてくれた。

「おいで」

 イリークは腕を広げてアリスを抱きしめてくれた。その体を守るように膝に抱き抱え背中をさすってくれた。

 不安な時、つらいとき、苦しんでいるとき、悲しいときにいつもこうやってアリスの心を守ってくれた。

「し・・師匠が・・・師匠がしょけ・・・処刑・・・」

 嗚咽を漏らしながらとぎれとぎれに、イリークに聞かせたくはないだろうことを精一杯伝えてくれる。

 力を込めてアリスを抱きしめた。初対面の時、あれほど慕って号泣してくれた理由がようやくわかった。生きて、再び会えた喜びだった。


「そう・・・。よく話してくれたね、ずっと一人でつらかったね。僕は大丈夫だよ。だから気にしないでまだ話を続けられる?」

 アリスはこくんとうなづいて、イリークに顔をうずめたまま続きを話し出した。

 しかし、イリークがアリスを共犯だと言い残したことだけは話せなかった。それが真実かどうかはわからないのだ、冤罪をかけるような相手が言う事なんて信用できるわけがないのだから。


 その後、アリスも疑われ監禁され、家族、使用人からの暴力、嫌がらせを受けたこと。

 飲食物に異物が混入されて食べられず、噴水の水や雨水をすすり草や果物を食べて命をつないでいたこと。

 すぐに処刑されず、王宮の地下牢に長年つながれたこと。

 そして最後は餓死したであろうこと。

 自分の記憶に残るすべてをイリークに打ち明けた。


 イリークは家族から壮絶な暴力を受け、目の前で父に婚約者を惨殺されたあたりで、一緒に涙を流してくれた。話し終えてもしばらく二人とも無言でお互いに抱きしめるだけだった。

 アリスが公爵邸での生活を厭い、家族を嫌悪している原因がようやくわかった。こうして聞いてみると彼女の言動のすべてが納得できることばかりだ。

 すべて信じられるかと言われるとそう言い切れないものがある、しかしすべてつじつまが合うのも事実だ。


 アリスが一生懸命取り組んでいた魔封じを跳ね返す魔術や魔道具の開発はイリークの命を救うためだったのだ。

 誰にも打ち明けられず、不安と恐怖の中でそれに飲み込まれず一人で頑張ってきた少女に感銘と尊敬と言葉で表せないほどの愛しさを感じた。

 自分はこうして話で聞くだけだ、自分の処刑と聞いたところでそれほどのショックではなかった、しかし彼女はそれを自分で体験しているのだからその苦しみはいかほどのものだろうか。こうして話してくれることが追体験となって今またアリスを苦しめているのだろう。


 今日はこれ以上話し合うのはやめようとそっと泣いているアリスに催眠魔法をかけ眠りに導いた。

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