第11話 アリス 居候一年目

 イリークの元に引き取られて1年目のころ。

 6歳時の魔力判定会では隠ぺい魔法を駆使し、アリスの魔力はほとんどないと判定された。おかげで王立学院の魔術科への入学を免れ、将来魔術宮に入ることがなくなった。6歳の時点で未来を変えることができたのだ。


 魔力判定会は両親とイリークとで参加した。

 1年も離れて暮らした両親はこれをきっかけに家に連れて帰るつもりであった。娘を愛しているシルヴェストル家の人々はとにかく連れて帰りたい一心だった。

 イリークの屋敷にいるアリスは楽しそうに過ごし、食事も普通に摂っていたからもう大丈夫だと思ったのだ。

 これ以上愛する娘と離れて暮らすのは耐えられなかった。大事な子供の時代を家族として過ごせない等どんなにつらいことか。


 毎週のようにグランジェ家を訪問するシルヴェストル一家をイリークはいつも最大限にもてなしをした。

 見ている限りシルヴェストル家にはアリスを傷つけるような言動はなく、排除する必要はないと判断したからだ。代わりにアリスの異変について1年たっても原因を明らかにすることはできなかった。

 家族の願いとは裏腹に、アリスは帰ることを拒否した。

 しかし6歳の子供の意思よりも両親のまっとうな要望が認められた。両親には何の非もないのだから。


「アリスちゃん、よかった。うれしい、やっと一緒に暮らせるわ。この日をどんなに待っていたか。」

 馬車の中で母にぎゅうっと抱きしめられる。

(・・・こんなそっけない娘に・・・どうして)

 毎週の面会の時に最低限の筆談しかしない。両親とも痩せているのがわかる、相当悩んでいるのだろう。この人たちに罪はない、申し訳ない態度をしていることは十分わかっている、どれだけ残酷なことをしているか。

でも、頭ではわかっていても心が悲鳴をあげる。


 またあの家でこの人たちに囲まれて暮らすのだ。緊張に心をすり減らして、食べ物も食べられなくなる生活を想像する。親の保護下でしか生きられないこの小さい体が恨めしい

(・・・うん。ムリ。絶対嫌だ)

 こっそりと身体強化魔法をかける。

 ぐいっと母から離れ、馬車の隅によると扉を開けて、走っている馬車から飛び降りた。地面にごろごろ転がる。後ろで悲鳴が上がり、御者が必死で馬を止めているのが聞こえた。


 落下の衝撃をものともせず、さっと立ち上がると小さな体で一生懸命に走り出した。大人が本気を出せばすぐに追いつかれてしまう。

(どこかに隠れなきゃ)

 大通りをそれ、路地を走っていると急に体を抱えあげられた。

「きゃっ!」

 うっかり声を出してしまった。。

 捕まった、と思ったがそうではなかった。

 明らかに風体の悪い男がにやにや笑っていた。


「お嬢ちゃん、一人でどうしたの?この辺りは危ないからね~、お兄さんが連れてってあげよう」

「放して!」

 貴族にしか見えない装いの美しい少女が一人で路地裏にいるなどさらってくださいと言っているようなものだった。

「静かにしなよ~」

 へらへらしながら手で口を覆われる。

 暴れても男の力で押さえ込まれびくともしない。

「うぎゃあ!?」

 急にアリスは地面に掘り出された。男の頭から煙と炎が見える。

 男は何が起こったか把握できないまま、頭をはたき熱いとわめきながら一人で暴れている。

 アリスの魔法による攻撃だ。

(いい気味だわ。ついでに一生髪が生えなければいいんだわ。)


 一生チリチリ頭のままを想像して、幾分気持ちがすっきりしたところで、汗をだらだらかいて、息も絶え絶えに呼吸を荒くする父親に見つかってしまった。

(余計なことに巻き込まれたせいで・・・あのチリチリめ!!)

「アリス!怪我はないか!?馬車から飛び降りるなんて、なんてことするんだ!」

 心配のあまりしかりつける父親に、見つかってしまったショックでうつむくだけのアリス。

「・・・それほど帰りたくないのか?」

 父親の声が震える。

 アリスはこくんとうなづいた。


 父親はアリスに手を伸ばそうとして、力なくそれを下すとショックでしゃがんでしまった。

「イリーク様のところへ行きたいか?」

 またうなづく。

「・・・。私はアリスを苦しめることしかできないのか。」

 心の中では盛大にうなづく。さすがに首は振れなかったけれど。

 エルネストは何かを決意したように立ち上がると

「今からイリーク様の元へ戻り、またお世話になれるようお願いしてみよう」

 アリスは深く深く頭を下げ感謝を表した。

 寂しさと悲しみに顔を歪めるエルンストの表情にアリスは気が付かなかった。


 というわけで結局、公爵邸に帰ることなくイリークの下で生活し、その後の5年間こころおきなく魔法、魔術やその他諸々の能力を磨くことができたのだ。


 11歳を過ぎたある日、魔法の鍛錬中にひどい魔力切れを起こしてしまった。

 転移術の鍛錬中、無茶なことをしすぎた。

 身体拘束する魔法陣から転移できるのかどうか。強力な魔方陣に封印魔法をかけつつ、周囲からの攻撃を防御壁でふせぎ、転移魔法を使えるのか試したかった。あらゆる場面を想定して「逃げるため」の手段をいくつも確保しておきたかったのだ。


 いくつもの魔法を同時に発現させるコントロールの難しさにイリークからも危険だからと止められており、内緒でおこなった結果、イリークの危惧していた通り完全な魔力切れを起こし意識を失ってしまった。

 気が付いたとき、あまり怒ることのないイリークにすくみあがるほど叱られた。 

 下手をしたら死んでいたと。5日間意識不明だったと。


「なぜこんなにあなたは無茶をするのですか。どれだけ心配したかわかりますか?」

 アリスの手を握り涙さえ浮かべたイリークに心からお詫びをした。

 しかしこうまでして、力をつけないと不安で押しつぶされそうなのだ。

 17歳のあの日まで止まることができない。

 そしてようやく決心がついた。


「師匠、話を聞いていただけますか。」

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