第10話 特訓
許可できないと怒るシルヴェストル家に対し、一度離れて様子を見ればストレスの原因がわかるかもしれない、グランジェ家は魔術師の家系であり何か解決の糸口が見つかるかもしれない、いつでも自由に会いに来ていいと穏やかにかつ真摯な態度で説得した。
結果、不承不承ではあるがアリスはイリークの屋敷で生活することになった。
屋敷の地下には魔法の修練のための特別な防護を施した鍛錬室があった。
アリスとイリークは他の家族や使用人に聞かれないよう、この部屋でのみ会話をすることにし、他ではこれまで通り筆談することにした。
何かから解放されたごとく生き生きとした表情で明るく行動的になったアリスを見て、どれだけシルヴェストル家での生活が辛かったのかイリークは心を痛めた。しかしまだ原因はわかっていない。信用はしてくれているが全て打ち明けていいのか悩んでいる様子だ。
ここにきてから食事も問題なく取れ、毎日のお茶の時間を楽しみにしてくれるようになった。
驚くことに魔術宮の魔法師と同等の魔法をアリスは扱えた。しかしそれではだめだという。もっと高い魔力を、複雑で高度な魔法を身につけたいと懇願してくる。加えて魔術も習得し、身体強化、武術も習いたいという。
何を焦っているのかときいても首を振るだけでうなだれてしまう。
自分でも湧きあがる焦燥感を落ち着かせることができないようで、その時は光の癒しで少し心を温めてあげるのだ。
「師匠、魔道具の勉強もさせてください」
過去世では魔道具に一切かかわっていなかった。しかし身を守るために勉強し自分でも作成して扱えるようにしておかなければならない。
イリークも魔法を封じられてどうしようもなかったのだ、そういう場面に陥らないよう魔封じを跳ね返せる魔道具を研究したい。
「アリス、頑張りすぎだよ。あれもこれもじゃ身体がもたない。一つ一つこなしていかないか?」
「はい。ごめんなさい。・・・師匠ありがとう。」
焦ってまた無茶をしようとするアリスの気持ちを静めてくれる。まだ十分時間はあるのだ、焦ってはいけない。
ぎゅうっとイリークに抱き着くと、イリークもアリスを抱き上げてくれる。
事情を抱えた少女の問題解決のためだけではなく、アリス自身の愛らしさ、一生懸命さ、何かを恐れ自分だけを頼りにしてくる健気さに庇護欲がかきたてられ大切な存在になっていた。
「師匠に会えてよかった。本当にまた会えてうれしい。」
そういって涙ぐむ。不用意なことを言ったことに気が付かず。
(また会えて・・・。)
アリスは時々以前に会ったことがあるような反応を示す。あえて指摘はしないが、本当に懐かしそうにうれしそうな目をするのだ。
そしてアリスが知らないはずの事をぽろっと漏らすこともある。
「師匠、だめですよ。魔術師長はお茶にうるさいんですから。お土産にするならこちらにしてください。」
「師匠の御祖父様は今の魔術宮の創設者でしょう?」などなど。
まず転移ができるとアリスが知っていたことも驚きだ。最近身につけたばかりで一部のものしか知らないのに、あの日、当たり前のように「夜になったら転移してきてほしい」と願ってきたのだ。
打ち明けてくれたら力になれるのに・・・そう思うがアリスが自分から話したくなるまで信頼を得るしかないと魔法や勉強の指導に努めた。
もともと高い魔力を持っていたアリスがさらにその能力を高めるにはぎりぎりまで魔力を使い果たし、回復したらまた使い果たすということを繰り返すしかない。
毎日倒れるまで行う鍛錬に泣き言を言わず食らいつくアリスの気迫は、イリークを刺激し、ともに鍛錬に追いたてることとなった。高い魔力を持っていたイリークだったがアリスのおかげでさらなる高みのステージへと達することができた。
未達の場所への転移や複数人の転移が可能となった。なにより過去世では持っていなかった治癒力、精神干渉力など新しい能力も扱えるようになった。
(よし!過去の師匠より強い。まだ安心かどうかわからないけど、処刑されるようなことはないと信じたい)
アリスは転移と認識阻害魔法の習得に努め最近になってようやく安定してコントロールができるようになった。
初めは逃げるための力を手に入れるだけでいいと思っていた。今は10歳となり、順調に、過去世以上に魔法、魔術と体術は身につけることができている。魔法具は少しずつ学んでいるところだ。今逃げて庶民に紛れることも他国へ逃れることも可能だと思う。
しかし大災害は起こるかもしれない。自分が逃げて、師匠が助かりそれでいいのだろうか。ほかの魔術宮の昔の仲間たちが代わりにあんな目に合うかもしれないと思うようになった。
イリークの世話になって5年がたとうとしていた。
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