第13話 シルヴェストル公爵 真実を知る

 秘密の共有ができた二人はますます鍛錬にのめり込んだ。

 それとともに、イリークは王宮図書館で歴史を紐解き同じようなことがなかったか、魔力持ちの扱いや隣国の教会についてなど様々な角度から何か情報がないか調べることにした。


 もう一つ、シルヴェストル公爵夫妻に面会を願い出た。

 アリスの言う過去世では非道な行いをした家族や使用人たちだが、今の彼らには何も咎がない。それなのに愛するアリスにあれほど厭われ避けられ精神的に参っている姿を見て哀れに思うのだ。

 それに、知っておいてもらうことで今後、何かが起こった時に過去のような言動を避けてもらえる可能性がある。

 アリスも納得、了承したが、自分では話せないとイリークに託した。 


「アリスがおかしくなった原因が分かったと?!」

「はい。でも荒唐無稽な話です。信じても信じなくても構いませんが、他言されないようにお願いします。それを約束していただけるのならお話いたします。」

「もちろんだ!」

 この6年どれほど苦しい思いをしてきたことか。原因が分かったのならなんとかできる、取り戻せるとシルヴェストル夫妻は期待を込めてイリークの話を聞いた。


 しかし、それは残酷で信じられないような話だった。

 真実だとしたら、それをどうかしてアリスを取り戻せることでもなかった。

 夫妻は半信半疑ながら、アリスがそうだと信じている以上自分たちを愛してくれることはないと悟り絶望を覚えるしかなかった。

 信じられなかった、信じたくない。

 自分たちは冤罪をかけられた娘を信じることなく暴力をふるうような人間だったというのか。

 何重もの絶望にエルネストとマルティーヌは打ちひしがれるしかなかった。


「シルヴェストル公爵、これらは決められたことではないのです。アリスが未来を変えるべく行動したおかげですでに前回とは大幅に違っています。ですから、あなた方がアリスを虐げるとは思えません。災害が起こるかどうかも定かではありませんし、もし仮に同じようなことが起こったとしてあなた方はアリスを疑いますか?」

「そんなはずないだろう!公爵家すべての力を尽くしてアリスの無罪を証明するに決まっている!なぜ・・・なぜその時の我々はそんな非道なことをしたのだ!信じられない!」

 エルネストは自分たちがアリスに暴力を振るうなど考えられないと怒りでこぶしを握り込む。


「アリスはあなた方に申し訳ないと思っています。あなた方が何も悪くなく、自分に対して深い愛情で接していることも理解して、本当に残酷なことをしていると自覚している。頭でどれだけわかっていても感情を抑えることができないと謝っていました。」


 公爵夫妻は人目もはばからず、涙をおとした。

「イリーク殿、アリスの力になっていただき心より感謝する。私たちができることがあれば何でも協力する。いや、手助けをさせてほしい。頼む。」

「ありがとうございます。これからどうなるのか私も判りません。ですが公爵にそう言っていただけて心強い限りです。」


 アリスが本当は声が出ることも伝えた。

 これ以降のシルヴェストル家とアリスの距離感は少し変わった。

 これまでのように何とか関心を買おうと距離を詰め過ぎるのではなく、見守るように接した。それにホッとしたのか、イリークにしがみつきながらであればアリスの方もぽつぽつでも話すようになった。

 6年目にしてようやくわずかだが距離が縮まった。


 ただ、兄は両親と同じように、理解し歩み寄ろうとしていたが弟のルイスの方は一緒に暮らすことのなかったアリスを姉と認識することがなかった。逆に勝手なことをして両親に迷惑をかけているアリスを疎むようになっていたのも仕方がないことだった。


 イリークにしがみつくアリスを見て、いろんな意味でエルネストは面白くなかった。

「イリーク殿、距離が近すぎるのではないかな」

「はは、申し訳ありません。」

 そういいながらアリスの頭をなぜる。それを見て余計にエルネストは不機嫌になる。


 今日はイリークと二人で公爵邸に来ている。6年の間に少しづつ現状にも慣れ、過去とは違うということに心も追いついてきていた。この間の告白をきっかけに家族の対応が変わり、アリスにもほんの少しだけ受け入れる余地が生まれてきていた。


 兄のクリストフはアリスを歓迎し、美しく可憐に成長した妹に目を細めた。両親から理由は教えてもらえなかったが、アリス自身相当苦しんでいるのだ。今こうして屋敷を訪ねてきてくれるようになったことがうれしかった。

 ルイスは同席を拒否し、自室にこもっているようだがアリスは気にならなかった。申し訳ないなあと思わなくはないけど、会わないで済むならありがたい。

 私のことは家族と思わず、4人で幸せになってほしいというのが本音だ。


 今日の訪問の目的の一つは、公爵邸で出されたお茶を口にできるかどうかということ。

 暖かな光が差し込むサンルームでフルーツの香りがする紅茶がカップに注がれる。そばには小ぶりのケーキがいくつかとフルーツが盛られている。

 アリスはカップを持ち上げると口元に運んだ。手元がフルフルと震えたが何とか口につけ一口飲み込んだ。そして続けて何口か紅茶を飲むことができた。

 体をこわばらせて見守るシルヴェストル夫妻もほっとしたように力を抜き、マルティーヌはハンカチで目頭を押さえた。

「アリス、ケーキもおいしいわ。一緒にいただきましょう?」

 アリスは少し深呼吸をするとフォークで小さくケーキを掬い取り口に運んだ。

「美味しい・・・」

 吐き気がおこることもなくスッと飲み込むことができた。

「お母様、ありがとうございます。おいしいです。」

「っ!!たくさん食べて頂戴ね。あなたの好きな・・・昔好きだったものを用意したのよ」


 よくぞ6年も見捨てずにいてくれたと思う。過去の仕打ちを思えば考えられないことだ。常に愛情を注いでくれた母の手をそっと握った。

 マルティーヌは思わずアリスを抱き寄せ、ほほを擦りよせた。


「ふざけるな!!」

 急に怒鳴り声が響いた。驚いて皆がサンルームの入り口を見ると、アリスの弟ルイスが怒りに燃えた目でアリスをにらみつけていた。

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