第16話 兄弟 真実を知る
公爵夫妻がイリークから聞いた話を、クリストフとルイスに伝えた。
途中から真っ青を通り越して血の気のない顔色になった二人の息子を痛ましそうに見つめる。知らなければよかったと思うほど辛い内容だ。
ルイスもクリストフもアリスがああなった責任が自分にもあると知ってしまった。
いや、自分たちではないが自分たちであった者。
両親がアリスに抱かなくてよいはずの負い目を抱いて、執着している理由。
話の途中までは、こんなくだらない話を信じて振り回されている両親がひどく滑稽に思えた。自分たち家族は何もしていないのにそんな与太話のせいで、自分たち兄弟はないがしろにされ、家族が壊れていったのかとルイスは怒りが再燃するほどだった。
しかし、「私たちはこれまで運がいい方だったろう?」との父の言葉にうなづかざるを得なかった。
嵐の件もしかり、貴族学園の狩猟の授業で遠征が急遽中止になった時も後日、あのまま行っていたら想定以上の魔獣が現れ学生レベルでは危険だったことが分かったり、エルネストが念のためだからと用意しておいた薬のおかげで家族以下使用人たちの誰もはやり病で倒れずに済んだ。
そして懇意にしている貴族が詐欺にあいそうになった時、たまたまエルネストが訪問しており事を見抜いて事なきを得たこともある。ほっておけば大切な友人を失い、業務提携もしていたためこちらにも大きな損害が出るところだった。
確かに、運がいいと感じる出来事が多かった。シルヴェストル家は女神の加護を受けていると思い、感謝をささげてきたのだ。
「すべて、アリスが前もって知らせてくれた。万が一に備えてできることはしてほしいと。遠征中止の件は学園は私が中止するように連絡した、適当な理由をでっちあげてな」
「初めからアリスの話を疑っていたわけじゃないわ。でも本当にアリスの言う通りのことが起こり、アリスが過去に辛い人生を送ったことがまぎれもない事実だと私たちは思い知ったのよ」
両親は話し終わると疲れたように紅茶を口にした。
「…姉上は・・僕たちを恐れ、嫌悪しているのに・・・僕たちを・・ずっと助けてくれていたということですか。」
ルイスは愕然とした。
自分が親に振り向いてもらえないつらさの何倍も苦しい思いをしてきたのだと知ったルイスは、「死んでしまえ」と怒りのあまりに投げつけた自分の言葉のひどさに心臓が縮みあがる気分だった。
「前も今回も私は家族じゃない」どんな思いでアリスは言ったのだろう。
ルイスに対する憎悪か?いやそんな感じではなかった、あきらめか、やっぱりそうだったなという納得か、それとも深く傷ついてしまったのか・・・
どれだとしてもアリスはまた家族に心を閉ざしてしまっただろう。ただルイスの嫉妬からでた子供じみた言葉だとしても、アリスにとっては過去からの因縁がある。聞き流せる言葉ではなかっただろう
ルイスは自責の念と後悔に苛まれ、血がにじむのも構わず唇を噛みしめた。
「アリス、大丈夫?」
グランジェ家に戻り、サロンでいつものようにアリスを抱きしめて背中をゆっくりとなでながらイリークは聞いてくれる。
「ええ、もちろん。これで縁が切れるでしょう?願ったりだわ」
その声に元気がないと気づいてもそれには触れなかった。
「ねえ、師匠。どうして私人生やり直してるのかな。どうせなら全く違う赤の他人になって何も考えないで生きていきたかった」
「僕は・・・アリスと会えてうれしいよ。一緒に生活して家族になれてこんなうれしいことはないよ。アリスがアリスだから出会えたんだ。それに前とは違うでしょ。僕たちは先を知っている、迎え撃つ準備をしている。これはアリスが幸せになるための人生なんだよ」
(師匠・・・)
イリークの優しさが身に染みる。
「師匠と家族・・・じゃあ、師匠は私のお父様になってくれますか?」
「えっ?そこはお兄様だろ?!」
「えへへ。師匠はお父様です」
アリスは笑顔を取り戻すと納得いかないというイリークに
「これからたくさん親孝行しますね~」
と笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます