今度は悪意から逃げますね

れもんぴーる

第1話 プロローグ

 冷たい石畳の床に薄い布切れが一枚敷かれている。その上に粗い繊維で編まれたワンピースを着た少女が横たわっていた。


 絶望に打ちひしがれた少女の目にはもはや涙は流れず、ただその身の内にあきらめだけを宿していた。怒り、寂しさ、恐怖なんて感情はとっくに使い果たし、何の希望もなくただ死だけが与えてくれる安寧を待つだけだった。


「おい、食事だ。」

 鉄格子の隙間から食事とは名ばかりのパンが一つばかり放り込まれる。

「おい!」

 床に倒れ込んで反応しない少女に、檻の鍵を開けて入り込んだ男は彼女の首筋に手を当てて彼女の死を確認した。


―――アリス・シルヴェストル 17歳の生涯を閉じたー――



 ふっと気が付くと乗り物に揺られていた。

(気持ちいい・・・)

 ごとごとと規則正しい音と揺れに身を任せてまどろんでいるとごっとんと激しい揺れに襲われ、驚いて目を開けた。


(あれ??)

 鉄格子のはまった薄暗い冷たい牢屋のはず。

 それなのにお尻の下には柔らかくて温かいクッションが敷かれ、窓からは明るい光が差し込んでいる。


 はっきり覚醒し周りを見渡すと、馬車の中だった。

(え?!何これ?!)

 きょろきょろしているアリスに横から声がかかった。

「あら、アリス。目が覚めちゃったのね。」

 優しい声に顔を上げると母が慈愛に満ちた顔で笑っていた。


 娘の心の中のパニックに気が付くことなく、目を見開いて自分を見つめている娘をひょいと抱き上げて膝の上に乗せた。

「急に揺れたから寝ぼけちゃった?」

(・・・ど、どういうこと?)

 母親の膝に座らされた自分の体を見下ろすとどう見ても幼児体型。思わず両手を見るとかわいいふっくらとした小さい手。

(なによこれっ!!)

 眉を顰め難しい顔で唸ってる娘を母は抱きしめた

(うっ・・・触らないで・・・)


 懐かしさよりも嫌悪感を感じる。触ってほしくはないが、小さい体では逃げ出せなかった。まったく状況がわからず、その後一言も言葉を発することは出来なかった。

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